▼V

心の在り所


人が溺れている
そう気付いたのは、暫くしてからだった

周りの人は、軍勢となって押し寄せる

広がる、海。その上に広がる、曇天
何時、波が荒くなるのか、わからない状況だった

その時

異国の男性は、知らない言葉で、何かを叫んでいた
英語でもない。かと言って、日本語でもない
でも、何となくわかった。「助けて!」と、叫んでいるということに

自分でも何故、そう思ったのかは解らない
だけど
その「声」に耐え切れなくなって、その「海」へと向った

驚きの声、静止を掛ける声、笑う声

何でそんなところで傍観するのか、全く理解出来ない
逃げるなら逃げろ
助けるなら、助けろ

そんな声は、届くはずもない

冷たい海、鮮明になる思考
自分が泳いで行く度、少しずつ男性のところへと近づいていく

叫んでいた。殆ど、泣きそうな声だった

綺麗な人。何故、こんな綺麗な人が、こんな目に遭うのだろうか?
それよりも、もっとそれ相応の罰を受けるべき人間が、「後」にいるのに
何故、この人なのだろうか?

わからない。わからない

それでも、
この人を助けたら「自分」が此処にいる「証」が証明出来る

懸命にしがみ付き、まるで懇願している様にも見える、その光景
体は、震えていた
何故、此処に来たのか、わからない
だけど、自然と思った

『この人は、助けたい』

自己満足。周りには、そう見えることだろう
そう言われても仕方がない
事実、そう小言を言っている人は、いるだろうから

男性を担いで、泳ぐ
重い。見た目はとても細身なのに、重かった
これは、命の重みだと、今更ながら気付いた

それでも、振り解くわけには、いかなかった

やっと足がつける所まで辿り着き、男性を引き摺って、陸へと引き上げる
人々の反応は、様々だった
もう、どうでもよかった。ただ、嫌悪が増すばかりだった

でも、
腕に、人の腕の温もりを感じた
振り向けば、金糸の様に輝く髪と、宝石なんかよりも美しい、碧の瞳

その美しい瞳に、自分の醜い「眼」を映した

「ア、リガ……トウ。タスケ、テ……クレ、タ。アナタ、[メシア]!」

感謝の気持ちを述べた、卑屈も何も含まれていない、その言葉
自分は、それにただ驚くばかりで、

自分が、まだ此処にいてもいい様な、そんな感情が今の自分を支配していた
そんな自分に、男性は驚いた様に、目を見開いた
だって、

「泣く」ことを恐れていた悪魔が「泣いていた」から

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