田舎Dream 築 の章
 僕に「きずき」という名前が付けられたのは、自分の世界や未来を築いていってほしいという両親の祖父母の願いからだときいている。まだ中学生なのだから築いていたものは少ないが、将来の夢くらいは持っている。
 あまり大きな声で言うのも恥ずかしいので、英語の授業で自己紹介文を書くときはこっそりとこう書いた。
『I want to be a teacher.(わたしは教師になりたい。)』
 僕は教師になるのが未来の目標で、そのために定期テストでは毎回自己目標を上回るように努力している。
 僕の友人の中には「まだ夢なんて決めなくていいや」というやつらもいる。けれど、小学校の卒業式から決めたのだ、僕は自分の未来像を。


「どうして掃除をしなかったのか、言ってみなさい」
 六年生になった時、掃除の時間に他のクラスの友達としゃべるのに夢中になっていて、掃除の時間10分間をまるまるサボってしまったのだ。もちろんそれは先生に見られていて、僕らの班は全員呼び出しを受けた。
「すみませんでした」
 僕は皆と先生の顔をうかがいながら謝った。
 先生は顔色一つ変えずに低い声で言った。
「先生は掃除をしなかった理由をきいているんです。分かりますね」
 すごく怖かった。目つきが何より鋭く、次に何と言われるかびくびくものだった。
 横にいた班の女子が、男子が他のクラスの友達としゃべっていて、自分達もそれを注意しなかったと正直に言った。これは事実だった。でも、先生は追及をゆるめないのだ。
「じゃあ、友達とは偶然しゃべって掃除を忘れた。決して掃除の時間をサボろうという気持ちは無かった。そういうことでいいんですか?」
 全員、はいと答えた。友達と会うまでは掃除をしようと用具箱のほうへ向かっていたのだから、と班員全員が思っていた。
 先生は腕を組み帰ると、椅子に座っていた腰を持ち上げ、僕らを見回した。
「10分間の掃除も出来ないなんて情けないな。反省しなさい」
 主語のついていない先生の一言が、僕の胸に鈍く残った。
 先生は僕らの返事をきいたのだろうか。本当に偶然だったと信じてくれただろうかと、一晩中気にしていた。
 翌日、僕らは目配せしあいながら掃除場所へと向かった。嘘でもいいから、とにかく熱心に取り組まないとまたしかられると思ったのだ。
 おもむろに先生が廊下を通りかかり、僕らは無言で作業を進めた。そんな僕らをみて、先生は言ってくれた。
「良かった。君たちは嘘か本当かはともかく、反省してくれてるんだね」
 先生の目はまだ鋭いようだったが、その奥の眼差しはとても優しかった。


 先生が皆そうではないかもしれない。怖い先生もいるし、もっと身勝手な先生もいる。先生は大変な仕事だ。全てを知り、全てに判断を下さなきゃいけない、責任感のいる仕事だと思っていた。
 ただ、自分はパーフェクトになるつもりなんてない。今はまだ生徒の身なのだから、深く考える必要は無いだろう。
「おはよう!」
 教室に入った途端、あおいが挨拶をしてきた。あおいはいつの日か、弁護士になりたいと言っていた。
 僕らの夢が叶うなんて分からない。けれどもし、将来教師という夢を諦めることがあったとしても、僕は別の夢をまた見つけたい……。
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