田舎Dream 愛菜 の章
 朝目覚めてからわたしは一歩も外へ出歩いていない。白いシーツ、白い天井、たくさんの看護師さん、窓越しに見える空……。窓を開けると入ってくる空気だけが、わたしと外との関わりに思える。
 わたしの体調が優れないのは未熟児として生まれたせいだと、お母さんは言っていた。小さい頃から、ほぼ人生の半分以上を病院で過ごしている気もする。寂しいことではあったけれど、仕方がないことだから、わたしはお母さんを怒ったりしていないし、自分を悲惨な子とも思わないことにしている。
 小学一年生のときは、体調が良かったので学校へも行っていた。その時にできた友達が、あおいと沢子。同じクラスだったのだけれど、あおいや沢子とは放課後も毎日のように遊んだ。馬が合う友達だったから、とても楽しかった。
 けれど、二年生の始業式に風邪をこじらせてからというもの、体調は悪くなった。気管支も炎症を起こしたりして、とても学校へ行ける状態じゃなかった。それでもまたあおいや沢子と話したくて、毎日決められた薬を飲んで寝て、ただそれを繰り返していた。
 あおいや沢子は、月に何度かお見舞いにきてくれた。その時だけは少しだけ話すんだけど、わたしにとっては至福のひとときだ。
 でも、今までに一度だけ、あおいのお兄ちゃんが来たことがある。一緒に買い物へ行くついでに、二人で病院に寄ってくれたのだそうだ。
「あ、これお兄ちゃん」
「へえ……」
 最初見たときはとても無口な人に見えたけれど、こちらを見て頭を下げ、
「桜井守です」と名乗ってくれた。
 その後少しだけ話をあおいと話したが、あとで印象に残ったのはあおいのお兄ちゃん、守さんの顔だった。彼は病室を出るとき、
「お大事に」
と声をかけてくれた。
 なんだか――偶然かもしれないけど――少しだけ、死んだお父さんに似ていたから。


 恋心なんて洒落たものじゃない。ただ彼に、憧れというか尊敬というか、そういう気持ちを抱いていたのは確かだった。それがあるだけで、次の日からの生活は明るくなった。
 いつか病院から出たら、気がめいっている誰かにお見舞いに行ってあげて、彼のように勇気づけたりしてみたい。そのためには今はただじっと寝ているしかないけれど、わたしはこれまで無駄に生きてきたわけじゃない。ちゃんと目標を持って、努力して生きてきたつもり。
 まだ弱い――自分の意思で全てを成し遂げることが出来ない――自分の身体が、そしてそれに宿る心が強くなりますように。昨日よりずっと強くなりますように。
 毎日、病室の窓から見える夜の星たちに約束してきたつもり。


 お母さんは今、家で一人待っている。お父さんに二度と会えない分、わたしを励まして世話をしてくれる。そして、あおいや沢子も中学校で待っている。
 今度退院したら、二度とここへ戻ってこないように生きていければ、一番嬉しい。
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