Time 愛犬からのSOS
 暑い日だった。
 井上麻里は、愛犬のパピオンであるシュリーの首につけた青いリードを握って散歩をしている。
「暑いね、シュリー!」
 明るい性格の麻里は、しきりにシュリーに話しかける。シュリーは、そんな主人の麻里を嬉しそうに見上げる。
「じゃ、シュリーも元気だし、わたしも走る!」
 麻里は一度立ち止まって手をおおげさにかまえてみる。セミの鳴き声が、一人と一匹を包み込んだ。
「ゴー、シュリー!」
 麻里はリードをつかんで走り出した。シュリーも麻里が走るのをみて、興奮して追いかける。麻里は、そんなシュリーと一緒に走ることが楽しくなって、どんどんスピードをあげた。
「シュリー!」
 スピードを落し始めたシュリーに、なおも元気よく声をかける麻里。
 街路樹を走っていると、前から見覚えのある女の子が歩いてくるのが見えた。
「あっ、スー?」
 その女の子はすぐに麻里に気が付いたようだ。
「麻里? あ、シュリーの散歩か」
 出会った同級生の女の子は、山田鈴。麻里は以前からスーと呼んでいる。
「そう。走ってきたから……ちょっと疲れてるけど」
 シュリーは、体全体で荒く息をしている。暑さを感じるのか、木陰の方へ行きたがる。
 麻里と鈴は少し移動して、シュリーを木陰へ連れて行った。シュリーは「ふせ」の体勢で、影になったコンクリートの上に寝転がる。まだ日で暖められていないコンクリートが冷たくて、気持ちがいいのだろう。
 それからシュリーを休ませるためにも五分程鈴と話をした。土曜日で習い事もなく、時間はたっぷりあった。二人は、もうすぐやってくる夏休みの話で盛り上がる。
「麻里は夏休み、どっか行くの?」
「ん?まだ決めてないけど……」
 麻里の声が少し小さくなる。先ほどからリードがあまりにも揺れていないのだ。普通ならもっと涼しいところを求めたり、体を毛づくろいしたがって犬は動く。でも、走るのをやめてからシュリーはほとんど動かない。
 麻里はしゃがみこんで、シュリーの名を呼ぶ。
「シュリー?」
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