Time いろんな想い
「息が、ありません……」息が止まった。それは、ひとつの命が死んだことを意味していた。
「そんな」
院長の声が、かすかに震えた。
とたんに、麻里の足元がもつれる。同時に、頬に涙の筋ができた。状況は言われなくても判断できたのだろう。麻里は、座り込んでなきじゃくった。過去は戻らないものなのに、涙が止まらない。
麻里の泣き声は、待合室の両親にも届いていた。両親も、キャリーケースをひざに乗せ、静かに泣いた。麻里の泣き声からシュリーの死を悟ったのだ。
看護師は泣きじゃくる麻里をなだめながら、一緒に待合室に連れて行った。
まだすすり泣きをしている麻里を見て、両親は黙って麻里の頭をなでた。
一人っ子の麻里にとって、シュリーはたったひとりの妹のような存在だった。家族みんなにとって、シュリーは大切な家族だった。「ふせ」も「おて」も「まて」も「おすわり」もすべて出来たシュリー。週に三回のおやつに喜んでいたシュリー。
院長は診察室から顔をのぞかせ、両親だけを診察室に呼んだ。
「もう少し早く治療していればよかったかもしれません」
院長が声をおさえた。
「シュリーちゃんの体は弱っていたのは確かですが、容態の変化が急だったようですね。近頃は特に暑かったですし、季節的にも体が弱りやすい時期ですから。日頃、何か変わったことや気付いたことはありませんでしたか」
「いいえ……」
美月がうつむいたまま答える。心のどこかで自分を責めていた。
その横で、大介はしっかり院長の顔を見て言った。
「でも、シュリーが死んだことで先生に責任を押し付けたり、怒ることはできません。怒ったとしても、何ともなりませんし。別に、シュリーが嫌いというわけじゃないんです。ただ、先生のいうとおりだったらシュリーもだいぶん疲れていたと思います。自分たちの作っていた環境もどこかが悪かったかもしれない。それなのに、まだ病院のせいにしていたら……自分が情けないですよ」
「すみません……」
院長はそんな飼い主の姿に思わず謝った。
横たわっていたシュリーは既にいない。診察室の裏で、今はぐっすりと眠っていることだろう。
「シュリーちゃんの首輪です。楽になるようにと外したのですが……」
院長が茶色い首輪を大介に差し出す。自宅の電話番号とシュリーの名前が書いてある首輪だ。シュリーのぬくもりが残る首輪を見て、また新しい涙がこぼれる。
「でも、シュリーちゃんは最後までしっかりしていましたよ。あなたたちや麻里ちゃんの飼い方に間違いはなかったと思います」
両親はうなずかず、天を仰いで涙が出そうになるのをこらえた。
「シュリーちゃんはこちらで処理をしてからお渡しします。井上さんの家は一軒家ですし、庭に埋めてあげるのが一番かと思います」
「はい」と大介はしっかり返した。
「よろしくお願いします……」
両親は診察室から出た。