その少年は、終幕を告げる その少年は、突然現れる
 今の優子の状況を見れば、優子の母親は何と言うだろうか。言語道断だと教育委員会に問い合わせをしてもおかしくないような状況だった。
 優子のクラスの副担任である原沢は、三十路目前の小学校教師である。しかしそれと同時に、二年前に妻を亡くした孤独なゲーマーでもある。必ずしもゲームの世界だけで生きているだけではなさそうで、だからリアルタイムでも教師というストレスのたまる仕事をしているのだろうが、逆に考えればそんなストレスを解消するのにはゲームはもってこいなのかもしれない。
 原沢の私生活を知っているのは、優子の学校中を探しても優子ひとりだろう。
「『ミッション・ブレーキング』の『あらされの洋館』で、もうひとりの捜査官のジェリーに会うには、どの部屋のピアノを弾けばいいの?」
 優子の持っているゲーム『ミッション・ブレーキング』も、ゲーマーの原沢にとっては難易度も低いようで、迷うことなく、
「二階の一番北にある部屋だ」
とあっさり言う。
 優子はこの変人に選ばれたのだ。
 気性の荒い母親と過ごす家での時間よりも、優子は原沢とゲームセンターにいて語り合う時間をとても楽しみにしていた。


 ゲームセンターへ向かった二人は、開かない自動ドアに張られた一枚の張り紙を見て呆然と突っ立っていた。
 どうやら、この商店街周辺の住人は、このゲームセンターがお気に召さなかったらしい。予告なしの休業に、並んで肩を落とす二人だった。
 優子は周囲をきにせずに大きなため息をつく。
 父親が単身で海外へ行っている優子の家には、母親一人しかいない。母親は気性が荒く、ささいなことで怒る。優子に関係することでも、関係ないことでも怒る。つまり、ただでさえ狭いアパートの一室には、毎日と言ってもいい頻度で、居心地の悪い雰囲気が立ち込めているのだ。
「帰らなきゃいけないんでしょ」
 冷めた声を出した優子を見下ろし、長身の原沢が黙り込んだ。
 馬の合う優子を放ってはおけないが、教師としては家に帰すべきである。いっそ、家庭内の問題を解決するために優子の家まで家庭訪問をすべきだろうかと悩んでいる原沢だった。
「とりあえず、あっちの喫茶店入ろう」
 原沢が方向を転換した時だった。誰かにぶつかった。
 優子がそれをのぞきこむと、どうやら原沢は少年とぶつかったらしかった。
「……すまん」
 原沢が少年に謝る。
 優子は、少年のサラサラした黒い毛が目に入った。いまどき珍しい。しかも、きちんと切りそろえてある。うつむいているが、きっと肌も白いのだろうと優子は勝手に想像した。
 原沢が優子をおいて行こうとすると、少年は突然顔を上げた。
 想像通りの色白い肌と、遠くを見つめたような目が優子に強烈な印象を与えた。こんな少年は見たことがない。
「世界は、終幕に向かっている」
 少年はしっかりとした口調で言い、原沢と優子を真っ直ぐ見つめた。
 もちろん二人は何もいえなかった。
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