その少年は、終幕を告げる その少年は、涙をながす
 真実を知ってから、しばらくは三人とも黙っていた。何を言うべきか、いままでに経験の無い彼らにはわからなかった。
「とにかく、海へ行こう。それしかない」
 原沢が最初に口を割った。リクが静かにうなずくと、小走りになった。
「東にすすめばいい。海に着けば、こっちの勝ちだ。あなたたちには悪いけど、海に着くまで付き合ってもらいます」
 優子はもう、何も考えなかった。
 これからどうしよう。お母さんは怒るだろうか。原沢は明日出勤できるのか。そんなことは一切、頭になかった。
 この少年のために海へ行こう。それだけだった。




 海水浴場まであと1Km、という表示がみえてきた。汗だらけになった三人の顔がようやくほころんだ。自分たちの周りには、怪しい人影はいなかった。その事実が、彼らを次第に安堵させていた。
 ザバッという波の音が、一定の感覚で耳に届いた。
 潮の香りがいっそう増した。
 気が付くと、暗い足元に乾いた砂浜が広がっていた。
「着いたな・・・」
 原沢がか細い声でつぶやいた。人目に付かないようにと、公共の交通機関もタクシーも利用しなかったため、運動不足の原沢の体力は限界だったらしい。
「リク、着いたよ。もう終わりなのよね?」
 リクの隣に並んだ優子は、リクを見下げてそうたずねた。
 リクは何も答えず、漆黒の海へと歩みだした。
 おぼつかない足取りで、フラフラと海辺へたどりつくと、後ろの優子と原沢を振り返った。
「ありがとうございました」
 その言葉に、原沢はあぁ、と軽く返事をした。
「僕は、連中に逃げるためにあなたたちを連れまわしました。でも僕は最初にこういったはずです、世界は終幕に向かっていると」
 優子は、そのことを思い出した。
「僕の体内の物質と特定の植物から作り出されるウイルスが、世界の終幕を告げることは明らかでした。だから僕は逃げなければならなかった。でも、海まで来た。ここで僕がいなくなれば、世界は救われる――そう思っていました。でも、どうやらそんなに単純なことじゃないらしい」
 リクの言葉に、優子と原沢は首をかしげた。
「僕以外にもいくらでもいるはずだ。ウイルス以外でも、連中が世界を滅ぼすには方法はいくらでもある。今度はきっと、違うターゲットが狙われる。海の向こうで」
 リクは、静かにこちらを見つめていた。
「まさか、お前、死ぬ気か……?」
 リクはうなずく代わりに、続けた。
「連中の目的は分からないけど、必ず世界は滅び始める。
 僕らはまだ何も知らない。」
 終幕を告げた少年は、何も言わずにそっと涙を流した。
 初めて見る表情だった。
「僕は僕のために、いきます」
 少年の姿が、波打つ海に消えていく。
「リク!」
 優子は荒れ狂う海へ、リクの背中を追った。
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