ふたごになれる日 プロローグ 〜まだふたごじゃない日々〜

------- Rio Sasaki's Daytime


 佐々木里桜は、少し蒸し暑い空気のなかで、ふうっと息をはく。
 夏が近づいている。
 空気のにおいが変わっていく。
 気がつくと、太陽が完全に夏の勢いに変わってしまっている。
 こんなふうな夏という季節は、里桜にとってはあっというまの季節だった。

 彼女は、これまで五年間の夏をすべて水泳というスポーツにささげてきた。
 得意とする種目は、背泳だった。
 体は水の中にあるが、常に青空をみあげながら泳ぐ独特の泳法。彼女は五年間、紆余曲折しながらも、結局、背泳の選手としてキャリアを積んできた。

 水泳部にとってプール開きは早いが、夏本番という季節はほんのちょっとしか味わえない。里桜のいる高校の水泳部はとても小さい部で、強豪校にはほど遠い実績しか残せていない。

 青々としたプール。
 熱をおびたプールサイド。
 そこにふりそそぐ太陽が、アスファルトに染みた水を気化していく。

 そのすべてのにおいが、里桜にとっては夏だった。

 高校三年生になった。里桜にとって、ここで水泳ができる最後の夏。
 里桜の足は、迷うことなくプールへとすすんでいく。




------- Kenji Kinoshita's Daytime
 
 木下健次は、ほとんど人のいなくなった教室で、ひとり迷っていた。
 部室に向かうべきか。それとも、このまま帰ろうか。
 部活に行かなくていいように、いいわけをする自分がそこにいた。

 健次は陸上部で活動している。
 中学校では何の部活にも入っていなかった。帰宅部だった。
 近所の友達や、おなじく部活に入っていない友達と遊んだり、なんとなく塾に通ったりして、いまの高校に入った。
 高校ではじめた陸上だったが、健次は先輩からも期待されていた。
 一年生のときは短距離を走っていたが、いまでは中距離や長距離を得意としている。

 先輩が熱心で、健次たちの学年はめきめき実力をあげていった。
 しかしいまは、部活動が楽しくなかった。
 部員の中で、ちょっとしたクーデターがおきているのである。

 健次の同級生であるいまのキャプテンに賛同する部員と、おなじく同級生のエースに賛同する部員で、意見が対立している。
 雰囲気もぎくしゃくしていて、とても練習には集中できない。
 健次はどっちつかずの姿勢をとっていた。
 どちらの立場の部員たちからも、こちらに入れと日々言われつづける。

 部員の顔を思い浮かべると心がにぶく痛む。
 キャプテンはつらそうな表情をしている。しかし、エースは今までキャプテンに忠実だったぶん、その反動で、激しく自分の意見を主張しているようだった。
 健次は、重い足取りで、校門をでた。
 部員たちにみつからないように、人にまぎれて歩きながら。




  リオとケンジ。

  ふたりは知らない。


  お互いの存在も。

  ふたりがふたごであること、つまり

  ふたりは血がかよいあった兄妹だということも。
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