▼泉水子
「ねぇ、お母さん。まさかとは思うけど。深行君に気があったりしないよね?」横浜から玉倉山に帰る、飛行機の中だった。紫子は一瞬目をパチクリした後、盛大に吹き出した。
(あ、かわいいかも…)
全く、普段は妖艶でかっこいい、大人の女性のくせに。時折お茶目でチャーミングなのだ。ずるいではないかと思ってしまう。
「み、深行君?泉水子、ほんきでいってるのか?」
紫子は笑いすぎて息も絶え絶えだが、泉水子はますますふくれてしまった。
だいたい、紫子も姫神も油断ならないのだ。出てくるたびに深行君にちょっかい出したり、意味あり気な行動とったりして。紫子はともかく、姫神が泉水子と同一なら、深行を好きになっても不思議はないのだ。
そもそも深行がめちゃくちゃ気にしてるのが、丸わかりである。というか本人も自覚していて、「また会いたいの?」と言われて否定できてないし…
(あ、なんだか腹たってきた…)
紫子は娘のくるくるかわる表情を、面白そうに見ていた。そして一言、
「うん、まぁ、かわいい。いい男だと思うよ。」
と言った。
泉水子の動きがとまった。ぎぎぃっとこわばった顔をみて、
(まぁこの子も、いつのまにか一丁前に女の子の顔になっちゃって…)
としみじみ思ってしまう母だった。
「ちがうちがう」
笑ってあとの言葉をついだ。
「彼はね、昔の雪政にそっくりなのよ」
それはそれで、何か胡乱な目を泉水子は向けてきたが、紫子は楽しげにかわして話は流れた。
紫子は知っていた。姫神が深行をちょっとだけ誘惑してみた時に、何度も言っていたことを。
「俺は鈴原でいいんです。」
「鈴原を返してください。」
ついには思いあまって、「泉水子!」と呼んで抱きしめた。
(あ〜もう、青春だね〜)
最近とみに表情豊に、可愛くなってきた娘。姫神から聞き伝えてきた未来への変化が、深行のおかげなことは大きかった。泉水子にとっても希望の光に、なっていってくれるだろう。
(ほらね。なんてわが子みたいに可愛くて、娘をあげてもいいくらいに男前だろう。)
なんだか久々に頭をなでてやりたくなり、紫子は泉水子に手をのばした。