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「寝まないのか?」

ドアの外に佇む人物が、どことなく遠慮がちにそう聞いてきた。
シンプルなリネンの夜着に、グレーのガウンを引っ掛けた姿で。
昼間ならそんな遠慮などしないだろうに、と相手の行動が可笑しくて苦笑が浮かぶ。
何を気にしているんだか。普段なら強引に言う事を聞かせるクセに。

「寝むよ、もう。大体終ったから」

端末の電源を落として立ち上がる。
振り向いた先の人物は、逆光を背負っているから表情は見え難いが、視線は床の上を流離っている。

「そうか…」
「どうしたんだ一体。何か言いたいことがあるんだろう?貴方らしくない」

水を向けると逸らされていた視線が戻る。

「らしい、とは?」
「普段の貴方なら、そんな遠慮しないってことさ。いや、昼間の、と言った方が正確か」

言われた意味が解ったのだろう、その端整な顔に苦笑が浮かぶのが見えた。

「…流石、と褒めておこう。では、私が何を言いたいのかも解るのだな?」
「まぁ…凡そは」
「それは?」
「それは貴方が言うことだろ?俺が言ったんじゃ本末転倒だ、違うか?」

ふぅ、と溜息をひとつ零して肩を竦める。
そんな仕種が厭味に見えないのは、類まれな美貌の所為だろう。美男子は特だ、と心で独り言ちる。
廊下から差し込む淡いオレンジ色の光が、金髪に弾いてキラリと光る。
(無重力空間で瞬く、バルカンのようだな)
もう還ることのない過去からの映像が、一瞬だけ脳裏に甦った。

「…偶には、こちらで寝まないか?」

散々言い淀んだ挙句の言葉は、想像していた通りのもので。
ちゃんと解り合えているんだ、と安堵の溜息が洩れる。

「嫌か?」

途端に不安気な表情になる。
(こんなに表情豊かだったかな…とんでもなくポーカーフェイスだと思ってたけど)
昔、この穏やかな生活を手に入れる前には、こんな人間臭い顔など見たことがなかった。
仮面やスクリーングラスに表情を隠し、誰にもその心の内をさらけ出さない男だったのに。
随分変わったものだ、と思う。
だが、その変貌が嬉しくもあった。
自分だけに見せてくれるもの。見せて貰える特権。
そんな大層な身分じゃないのに。
この、自分に対してだけは唯我独尊になる男が、ここまでしおらしいのはどういう風の吹き回しか。
そんな疑問を抱きつつも、薄々感じていた欲求に身を任せることにした。

「嫌じゃないよ…。そうだな、今日は貴方の傍で眠ろうか」
「いいのか?」
「勿論」

そう言って近付くと、ふわりと嬉しそうに微笑んでくれた。



移動する僅かな間、ほんの十数歩の距離もさり気無く腰を抱かれる。
部屋に入ると、サイドテーブルの灯りだけが灯されていた。
自分の部屋とは違って、いつも綺麗に片付けられた部屋。
それでいて他人行儀に感じないのは、部屋の主が心を砕いているからだろう。
さり気無い温かさが満ちている。主の性格のように。
人は外見に惑わされてしまうが、素顔の男はひどく純粋で、優しい心根の持ち主だった。
そんな事をつらつら考えていると、背後から抱き竦められた。

「何を考えている?」
「ここは貴方そのものだなってさ」
「私?」
「そう。きちんとしてるのに冷たくない。一見近寄り難いのに、一度懐に入ると温かい。ほっとする空間」
「そんな風に言ってくれるのは君だけだ」

首筋に落ちる柔らかな唇の感触。

「君が隣にいないのが寂しかった。一緒に暮しているのに遠く感じる」

吐息が首筋から耳の後ろをなぞっていく。

「俺はここにいるだろう?」
「ああ、今は」
「貴方は以外に寂しがりやだな。独りで眠れないのか?坊や」

言外に笑いを含めれば、私の方が年上なのに、と呟く声。

「…俺は一般市民だから。毎日ご馳走だと勘違いしてしまうんだ、自分は特別なんだって」
「私にとっては特別な存在だ」

肩に回る力が少し強まった。

「うん。でもさ、毎日ご馳走だと有難みが無くなるだろ?普段の食事が粗食なら、偶にご馳走だと嬉しいじゃないか。ああ美味しい、こんな食事が出来て嬉しい、有り難いなって。そう思わない?」
「それは確かに」
「それと同じだよ」

言外に、貴方は特別なディナーなんだと匂わせると、耳元でくすり、と笑う声がした。

「…では、私もお相伴に預かっていいかね?暫く粗食が続いた所為か、とびきり美味い食事がしたい」
「……うん。一緒に」

項に触る髪がくすぐったい。
胸を滑り落ちて、腹の前で組まれた両手に自分の手を重ねると、大きな手がそれを包み返す。
幾分低い体温の持ち主の手は、案の定ひんやりしていたが、抱え込まれた背中は暖かかった。

「かなり空腹なのでね、朝まで付き合って貰うことになる。覚悟はいいかな」
「え。マジ?」
「ついてこれるかな?」
「無理矢理引っ張っていくクセによく言うよ」
「空腹は最高のソースだ。悪く思わんで貰いたい」
「…いいよ。俺も極上のフルコース・ディナー味わうから…シャア」
「…光栄の至りだ、アムロ」



衣擦れの音が今夜の晩餐の始まりを告げる。
枕元で柔らかなオレンジの光を灯すスタンドだけが、もの言わず二人に給仕するのみだった。








後書…これは3人+1匹とは別のお話です。アムロとシャアは二人で暮してます。そこは同じですけどね!(つか、これが基本です)
管理人が書けるのは事前か事後…真っ最中はとてもじゃないけど無理かも…いつかは挑戦したいとは思うものの、予定は未定のままだったりします。(参考書買うべきか…?苦笑)
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