▼人形劇 第一話
世の中というものはまったくもって理不尽だ。
そう思い始めたのはもういつの頃か思い出せないくらいに小さな頃だ。
僕は何故か小さな頃から生きることがつまらないことだと思って生きてきた。
今も、そう。

何故親の言うことを聞かなければならないんだろう。
何故学校の先生を尊敬しなければならないのだろう。
何故朝起きて挨拶をしなければならないのだろう。
何故どこかへ行くときに「いってきます」なんていわなければならないのだろう。
何故人間はそういう枠にはまった生き方をしなければならないのだろう。

わからない。

僕はそういう生き方をしたくない。
幼心に思ったこのことは、今になっても心の奥底に根付いている。

僕は今生きていますか?
僕は今何を考えていますか?
僕は今何を望んでいますか?
僕は今何を求めていますか?
僕は今何のために生きていますか?
僕は――誰ですか?


    ◆人形劇◆


「高阪くん。」
「……。」
 
 夏。
 私立・謳雅聖螺(オウガセイラ)高等学校。
 新緑の季節を少し過ぎた今、そろそろプールに入りたいと思い始める高校生が多いこの時期に
 冷暖房完備の私立校では球技大会に向けてのクラス会議が行われていた。
『高阪(コウサカ)』と名前を呼ばれた男子生徒は、ぼんやりと外を眺めていた瞳を名を呼んだ人物に気だるげに向けた。

「…何?」
「高阪くん話し聞いてた?」
「全然。」
 
 正直に答える男子生徒に言ってきた女子生徒は額に右手をあてて呆れたような表情をした。
 それから一つ息を吐くと、男子生徒の机にバンッと両手を叩きつけた。

「いい?もう一度言うわよ?委員長なんだから少しは話し合いに参加して。」
「やだ、メンドイ。」
 
 眠たそうな目を半開きにして無表情に言う。
 女子生徒は俯いて脱力した。

「別に僕いなくたって…えー…と悪イ、お前、名前何?」
「上條智歌(カミジョウトモカ)です!高校生になってすでに三ヶ月ほど経っているのにまだクラスの人の名前 
 を覚えていないんですかッ?高阪祷頼(イヨリ)くん!」

 激昂する智歌に祷頼は両耳を両手で覆った。

「うるさいナ…別にいいだろう?それに委員長になったハ、僕がやりたい、言った訳でないし、あんたいルし…。」
「人に名前を尋ねておいてあんた呼ばわりですか…確かに私もいますがね、
 私は・副委員長なんです。委員長が仕事をしないでどうするんですか!」
 
 授業中にもかかわらず言い争う二人の背後に黒い影が…。

「二人とも?いい加減にしてさっさと進めていただけるかしら…?」
 
なんとか笑顔を作りながらもこめかみに青筋を立てて口元は引きつっている担任がそこにいた。
 智歌は引きつった顔をしながら恐る恐る後ろを振り向き担任の姿をその瞳に映し出す。

「あの…先生…。」
「上條…あなただけでもいいからまじめに務めてくれるかしら?」
「…わかりました。」

 しぶしぶと言った感じで答える智歌。祷頼はさも当然と言った風に頬杖をつき再び外の景色に集中した。




 それはLHRが終わってからも続き、気になったのか腹いせなのか、智歌が再び祷頼の前に踊り出た。

「高阪くん…どうしてずっと外の景色なんか見てるの?」
「………。」
 
 ―――無視…無視ですか。

 作り笑顔にも限界がある。気のせいかいくらか口元が引きつっている。

「高阪くん…?」
「……。」

 それでも答えようとしない祷頼の反応に智歌のこめかみに青筋が浮かぶ。
 右手が強く握り締められていて今にもそれを振りかぶって祷頼を殴りそうだ。
 しかし、そこは女の子…こんなところで『暴力女』などと、変な噂を立てられては後々面倒だ。
 そう思い直し、再び祷頼に声をかけようとした。

「高阪く…………………あれ?」

 そこにいたはずの祷頼は忽然と姿を消していた。

「祷頼くんならさっき出て行ったよ?」

 祷頼の右隣の席にいる友人に言われ、智歌の怒りは臨界点を突破した。

「あの野郎…次あったらただじゃおかない…。」
「智…落ち着いて。」
「だってさスズちゃんッ人が話してるのに無視しつづけた挙句とんずらよッ?」
「はいはいはいはい、智歌が一方的に話し掛けていたのはこの目でよ〜く見てましたから説明しなくてもわかってますよぅ…えぇ。」

 この毒舌極まりない女の子は智歌が高校ではじめてできた友達『吉野坂 鈴(ヨシノザカスズ)』
 唯一遠く離れた田舎町からやってきた学年トップである。
 ちなみに智歌の成績は中の中…所謂平均並な生徒だ。参考までにいうと祷頼の成績は学年五位。
 何でも一切勉強せずにこの成績だそうだ。
 確かに、授業中は教科書を開いているだけで、ペンを持っているところを見たことがない。
 おそらく彼がペンを持ったのはテスト中だけだろう。

「世の中って理不尽よね…。」
「クスクス…確かにね…いっつも祷頼くんは外ばかり見てるものねぇ…でも成績はいいから先生も何もいえないのよね…。」
「それにちゃんと当てられたときも対応してるし…英語なんてぺらぺらよね?
 彼、あんまりしゃべらないから、よく知らなかったけど…日本語あんまり得意じゃない見たいだしね…?」

 そう言われればそうだ。祷頼のしゃべり方は言われなければ変なしゃべり方の人で済ます
 だろうが、指摘されれば日本人にしては日本人っぽくない…。

「いったいなんなんだろう…高阪祷頼…。」
 その呟きは、教室の雑音の中に静かに解けていった…。








2006/7/25(Tue) 13:53
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