▼Simple Birthday In the future
 どたばたと階段を駆け降りる音で浜田は目覚めた。泉はもう大学に行ったのかと寝室の中で物音のしない居間を思った。泉が今年から近所の大学に通い始めてからもう三年になる、浜田はというと就職していた。以前少し縁があってからずっと通い詰めていたケーキ屋で、卒業してからずっとバイトをしていたのだが、今年の春めでたく正規の店員となることが出来たのだ。

 「起きんのめんどくせーな」

 どうせ泉もいないんだし、と布団の中でごろごろしながら呟く。店は定休日なので、浜田の自堕落を止めるすべは無い。いつまでごろごろしてようかと大分覚醒してしてきた頭で考える。その時、向こうの方の部屋で携帯電話の鳴る音がした。

 浜田は慌てて起き上がるとどたばたと部屋を移動する。どうにか間に合って通話ボタンを押すと懐かしき悪友梶山の声が聞こえてきた。

 『おう、浜田か?いますぐこっち来い』
「はぁ?」

 突然のことに何が何だか分からない。梶山の後ろで梅原が何か言っているようだが、雑音が多すぎて聞こえない。

 『今梅といるんだけどよ、梅がいきなり浜田呼べって言うんだよ』

 また梅原か。学生時代も梶山や浜田を引きずりまわしては、好き勝手していたのだが、いまでも時々巻き込まれることがあった。

 「知るかよ、俺は今寝てたの。そんな下らないことで起こすな!」

 別にたいしたことはしていなかったのだが、必死で起きて電話に出たのにそんな用件では報われないにも程がある。

 『頼む。梅の性格、知ってんだろ・・・。逆らってもいいことないぜ』
「う、確かに。・・・わかった。行けばいいんだろ!行けば!」

 脅しではなく事実なのだから尚更性質が悪い。梶山も無理矢理掛けさせられたようだ。そういった意味では梶山も浜田と同じ被害者だ。

 『ああ、いつも行ってたゲーセンだから』
「分かった」

 学生時代入り浸っていたゲームセンターもこのごろは全く行っていない。浜田がやりたいことを見つけてからは忙しくてそんな暇が無かったのだ。
がやがやと騒がしいセンター内で浜田を呼び出させた張本人が大きく手を振っている。その横には苦笑気味の梶山が見える。

 「おーい浜田!こっちだぞ」

 人の気も知らずに・・・、仕方がない。こうなったらとことん付き合うか。

 「最初何するー?」
「俺太鼓の達人したい」
「まじで?!」

 何か久しぶりだ。こんなことをするのは。馬鹿みたいにはしゃいで煩いくらいに叫んだ。疲れなんてどっかに吹き飛ばすような感じ。若返ったなんていったらおっさんくさいけど、最近力を入れすぎてたみたいだ。だから力抜いて笑ってると元の自分が戻ってきた感じがする。かなりふざけ合って、店のゲームを制覇してしまったんじゃないかと思えるほど、俺達は遊んだ。

 最後にプリクラでも取ろうか。ええ、嫌だよ男同士で。なんて会話をしていると梶山の携帯がなった。

 『はい、もしもし?・・・なんだ。ああ、ああ。』

 分かった。そう言って梶山は電話を切った。多分彼女からだ、かすかに怒ったような女の声が聞こえた。

 「悪い、もう帰るわ。またな。」

 そういい残して梶山は去っていった。残された俺と梅谷は顔を見合わせて帰るか、と合意した。

 俺は梶山が彼女と話してたとき、まっさきに泉のことを思い出して早く会いたいと思っていたから、少しの余韻も残さずに家路を急いだ。
 玄関に着くとまだ鍵が閉まっていた。泉は帰ってきてないのかとすこし落胆する。だけどすぐに持ち直して家の中に入った。立ち直りが早いのが浜田のいいところでもある。


 「ただいま」
「おかえりー」

 泉が帰ってきた。朝ごはんは各自で作るようにしているのだが夜は浜田の担当だ。こころなしかいつもより豪勢な食事に、泉は眉根をひそめる。

 「なんかいいことでもあったのか?」

 心当たりがないらしい泉に、内緒と笑みを浮かべると気持ち悪がられてしまった。食卓に食事をきれいに並べて、泉を席に着かせた。

「なんだよ。いい加減にしねえと怒るぞ」

もう怒っている泉に待ったをかけて冷蔵庫から大きな箱を取り出す。それを泉に渡すと怪訝そうな顔で箱を開けた。

 中には真っ白の生クリームを塗った上にたくさんのフルーツが乗せてある大きなケーキが入っていた。真ん中にはお世辞にもうまい字とは言えないが、精一杯書いたような文字で『いずみたんじょうびおめでとう』と書かれているチョコプレートが乗っていた。

 「どう?昨日頑張って作ったんだけど」
「・・・なんだ、忘れてなかったのか」

 ケーキの感想を聞いたはずだったのに、いかに自分が信頼されてないかを聞かされてしまった。

 「忘れねぇよ!泉の誕生日を忘れるわけないだろ?」
「さあ、どうだか」

 相変わらず酷い扱いだ。それでも惚れた弱みという奴で、泉には頭が上がらない。泉はケーキの箱をそっと閉めると食卓の端の食事の邪魔にならないところに置いた。

 「・・・・・・ろよ」
「え?何か言った?」
「来月、楽しみにしてろよ」
  
 泉は小さな声でそう言うと、照れ隠しなのかがつがつとご飯を口に詰め込み始めた。・・・嬉しすぎる、やばいかもしれない。俺の顔が赤に染まっていく。泉は気付いていないらしい。泉は泉で自分の恥ずかしさを隠すのに精一杯だ。
 そんな泉を見ていると何だかとても暖かい気持ちになって、笑いがこみ上げてきた。平凡すぎるこの日常にいつだって君は楽しさを与えてくれるんだ。今日散々楽しんでおいて悪いけど、この楽しさは梶山や梅原と遊んでいるときとは比べものにならないくらいだ。

 「浜田」
「ん?」
「にやけてる」
「うん」
「キモイ」
「ひどっ」

 どうかどうか君がずっと俺の傍で笑っててくれますように。そのために俺は笑っています。

 『最高の出会いをありがとう』





 とりあえず、梅にごめん。でも私はあなたはそんな人だと思ってます。梅は絶対いい性格してるよ!
浜田は個人経営のお店で働いてそうなイメージがあるので、ケーキ屋さんにしましたが、結構別の職業も似合いそうだな。

2006.11.25
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