▼手を繋ぎ
年の暮れはみな大忙しだ。普段はそこまで人の多くないこの通りにも人が溢れている。俺は白い息を吐きながら、何を思うこともなくただ正月用に飾られた店を見ながら歩いていた。去年なんかはこの時期こんなふうにぼんやりする時間もなく勉強に励んでいたのかと思うと感慨深い。
今年はいろんなことがあった、変わらなかったことなど皆無だと思えるくらい全てが変わった。どうしようもないくらい卑屈なピッチャーと、投手を道具だとしか思ってないキャッチャーに、最初はどうなるのかと心配させられたが、今ではそれもいい思い出だ。
他にもいろんなやつらと知り合った。皆いいやつらばかりで、いつも助けたり助けられたりして、掛け替えのない仲間だと思っている。その中には勿論あいつがいて・・・。
『泉。今日初詣行かない?』
「はあ?今日はまだ大晦日だぞ。今日行っても初詣じゃねえだろ」
『今すぐじゃなくて、夜に行こう。神社で年越し』
「お前と二人で年越し?冗談じゃねえよ」
『そんなこと言わずにさ〜』
結局浜田に押し切られてその電話は終わった。頼みの綱の母さんもあっさりと夜半の外出を許可してくれた。曰く、浜田君と一緒なら大丈夫でしょ。母さんは浜田がどんなに頼りないか知らないからそんなことが言えるんだ。
今はまだ夕方だ、十二時近くなったら浜田が家まで迎えに来るらしい。所詮行く場所は近所の神社なのだからそこで待ち合わせしても良さそうなものなのだが、浜田の考えることには時々ついていけない。
腹いっぱい飯を食った後、何もすることがなくて紅白を見ていた。時折時計をうかがうのだが、いつもより時が流れるのが遅い気がする。テレビから聞こえる今年流行った歌が耳を抜けていく。
昨日遅くまでテレビを見ていたのがたたったのか、意識が朦朧とし始めた。もうすぐ浜田が来るのだからと必死で体勢を立て直すが、眠気は去りそうにない。もういっそのこと寝てしまおうかと思ったとき、やっと玄関の方で扉が開く音がした。
「こんばんは〜。あの〜泉いますか?」
「孝介ね、ちょっとまってすぐ呼んでくるから」
「遅ーぞ浜田」
浜田が来たと分かった瞬間、現金にも体はすぐに動いてくれた。コートとマフラーをだけをとって玄関に出ると相変わらずしゃきっとしない物言いで母と話している浜田がいた。
「悪いな泉。今すぐいける?」
「ああ」
「それじゃ浜田君。孝介をよろしくね」
「はい。任せてください」
なにが任せてくださいだよ。人混みに紛れて人とはぐれることに関しては天下一品のお前には言われたくない。道路に出ると冷たい強風が吹いていた。
俺はコートのチャックを一番上まで上げてマフラーをきつく巻く。見ると浜田もすごい量の防寒具を着込んでいた。
浜田は俺の視線に気付くと手を差し出してきた。繋ごうとしているらしい。俺はこんなに寒いのに手を外に出すなんてとんでもないと思ったが、気付くと浜田の手を握っていた。ぎゅっと握り返してきた浜田の手は冷たくて、さっさと離してしまいたいという思いに駆られた。だけど、そんなものは浜田の嬉しそうな顔を見たらどこかへ行ってしまった。
仕方がないからもう少しだけ、手を握ってやっていようと思う。だけどな、神社に着いたら絶対離せよ。あいつらがいるかもしれねえんだからな。
離さなかったら一生手なんて繋がねえからな。
2006.12.31