▼SLEEPING
 夏本番とでも言うべき暑さに浜田は辟易していた。その上日本という国は性質の悪いことに、湿度が高いものだからその暑さが肌にぬめりと張り付く。
 授業中などただ椅子に座っているだけで汗が滴ってくる。体温は上昇して頭がぼんやりとしてしまう。横を見ると泉もダルそうな表情を浮かべていたので、これは最早しょうがないことだと開き直ってしまった。いつのまにか、瞼は閉じていた。

 「浜田ー、はーまーだー」
「そんなやつほっとけよ。それよりさっさと着替えてプール行こーぜ」
「・・・でも、浜ちゃん、起こさな、いと」
「分かったよ、起こせばいいんだろ・・・」

 ん、何か痛い。頭・・・?誰かに叩かれてんのか。ってマジ痛え。ちょっと、ちょっと待ってくれ!!

 浜田が顔を上げると少し怒ったような顔をした泉が浜田を見下ろしていた。手には水泳バックが握られている。どうやらそれで叩かれていたらしい。見掛けよりもずっと叩かれると痛いそれは、中々準備を始めようとしない浜田を叩く道具にまたなろうとしていた。

 ようやく自分が前の時間寝ていて、次の時間がプールだということを理解した浜田を、呆れ顔で待つ泉にはさっきの授業中で見せたダルそうな様子は全く見受けられない。人というのは現金なもので、楽しみにしていた授業のときは眠くならない。勿論体育はそのうちの一つで、殊にプールにおいては夏の暑い教室から開放されて冷たい水の中で泳げるのだからそれは授業というよりは楽園だろう。

 「ほら浜田着替えっぞ」

 そう言う泉はもう下を脱いで水着を着ようとしていた。男女平等といいつつ着替えに関しては男の権利は認められていないみたいで、女子には更衣室が与えられるのに対して男子には特に部屋が与えられない。それで男子は教室で水着に着替え体操服を上に着てプールに行くことになっていた。

 「大体お前授業中寝てんじゃねーよ」
「そうだけどさ・・・、泉だって真剣に受けてたようには見えなかったけど?」
「うるせえ!お前よりマシだろ」

 泉は乱暴に制服をたたむと、教室の扉の前で待っていた田島と三橋に向かって先に行くよう言った。浜田は急いで着替えると扉の前で待つ泉の元に行った。泉は時計を見て、まだ授業に十分間に合う時間だということを確認して歩き始めた。

 「次やったら容赦しねーかんな」
「・・・承知しました」

 でも時間割は変わらないから、またやってしまう可能性はかなり高い。ちゃんと睡眠をとっていても寝てしまうのだからどうしたらいいのか全く見当もつかないのだ。何かいい考えはなにものかと浜田は考えていた。
 
 「・・・そうだ!」
「いきなり何」
「あのさ、泉・・・」

 何を思ったか、浜田は歩みを進める泉の少し前に立ちはだかって、泉と顔を合わせて後ろ歩きのまま進んでいく。鬱陶しそうにする泉にお構いもなしで浜田は話を続ける。

 「俺が授業中寝てたら起こしてよ」

「・・・は?」

 浜田の脳裏にひらめいた一つの案。それはなんというか、かなり碌でもないというか迷惑極まりないものだった。浜田の泉という恋人に起こされたいという気持ちは十分理解できるが、どうにも泉の労力については何も考えられていない。

 「だって、俺が授業中寝なきゃ移動教室遅れないじゃん」
「嫌だ。何で俺がいちいち浜田に気配んなきゃいけねんだよ」
「なあ、泉頼む!起こしてくれよ。俺だって授業受けたいんだって」
「じゃあ根性で起きとけよ」

 そう言い争っているうちにいつのまにかもうすぐプールに着こうとしていた。田島たちが二人の姿を発見して手を振ってきた。浜田は再度泉に懇願する。

 「なあ、泉頼むから」
「っるせーなー。じゃあ移動遅れそうになってもいいから寝てろよ」
「そうじゃないんだって!俺は泉に起こされたいの」
「知るか。てかまず寝るな」
「だから寝ちゃったときでいいから、ね」

 浜田は必死で頼み込む。何事かを話している二人に田島と三橋の目線が向けられる。良く見ると、クラスの他の男子達も後から来た二人に注目していた。泉と浜田は急に恥ずかしくなり、会話を中断させた。

 チャイムが鳴って、教師が授業の始まりを告げた。並ぶために泉の隣から移動しようとしたとき、隣から声が聞こえた。

 「すぐ起きんなら起こしてやるよ」

 舞い上がってしまって固まってしまった浜田は、教師が並ぶよう注意する声でやっと今自分が体育の授業を受けているのだと気がついた。その後もずっと幸せそうにへらへらしていて、集中しろと叱られていた。そんな浜田を見て泉は一つため息を吐いた。

 その後、プールでくたくたに疲れた浜田が授業中寝てしまったことは言うまでもない。





 浜田が泉に起こされてちゃんと起きれたかどうかはご想像にお任せします笑。

2007.7.16
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