▼当たって砕けろ
 タン、タン、タン

 俺の足が階段を駆け上がる。一歩ごとに、足は動きを重くしていってるようだ。それでもこれからしようとしていることを思えば、それも仕方ないような気がする。いまから、俺は元後輩で今はクラスメイトのあいつに、長年の思いを告げに行くの だ。

 こんな想いを抱き始めたのはいつからだっただろう。中学の頃からだった気もするし、高校に入ってからだったかもしれない。とりあえず、今俺の中で泉の存在がとても大きくなっていることだけは確かだ。気付いたときにはもうそんなふうだった。俺だってそりゃあ人より少しものを考えないかもしれないけど、全く考えないわけではないからこのことで随分悩んだりもした。それでも、これ以上自分の気持ちを抑えるのは嫌だ。泉はあれで意外と優しいから、きっと俺に対して真摯な返事をくれるはずだ。そうじゃないと、俺が惚れるはずがない。

 ドアを開くと、屋上には既に泉が待っていた。泉の目は俺のほうを見て、呼び出した理由を問いかけてくる。けれど泉が口にした言葉はそれではなかった。

 「俺、早く部活行きてえんだけど」

 俺は拍子抜けして、でも少し安堵した。泉はそんなことを言っているが、俺が今から言おうとしていることには泉も薄々感付いているに違いない。
確信とまではいかないが、互いの間にある空気で少しは分かる。あとは、俺が口を開くだけだ。

 決心が鈍らないように、堅くこぶしをにぎりしめる。泉はグランドの方を気にしつつも、しっかりと俺を見据えている。俺は息を吸い込むと、言葉と一緒に吐き出した。

 「俺、泉のことが好きなんだ。その、友達以上の意味でってこと」

 泉は驚かなかった。何も反応が返ってこないから、俺は少し不安になる。ホームルームが終わってからもう一時間は経ってしまっていた。そろそろ部活に行かなければ、泉はモモカンにケツバットされてしまうかもしれない。だから俺はこういった。

 「返事は、いつでもいいから。とりあえず、部活行ってこいよ」

 その言葉に、泉はカッと顔を赤くする。勿論、照れたとかそんな可愛らしいことじゃなく、どうやら怒ったらしい。けれど、俺にはどうして怒ったのかさっぱり分からない。さっきは自分が早く部活に行きたいと言っていたくせに。

 俺が、きょとんとした顔をしていると、それにまたムッときたのか泉はますます表情を険しくする。まずいな、これ。どうにかしてフォローしねえと。

 「おーい、泉?お前部活・・・」

 そう注意を促す言葉は泉の行動によって遮られた。さっきから動かなかった泉が俺に近付いてきたのだ。ドスドスという音が聞こえそうなほど、力強く足を踏み鳴らして近付いてくる泉に、少し怯えながらも立っている。泉が俺が手を伸ばしたら容易に捕まえることが出来るだろうという距離に近付くと、止まってキッと俺の顔を睨んだ。

 「ふざけんなよ!」

 近くで大きな声を出されて怯む。それにふざけんなって、俺はこれっぽちもふざけてないんだけど。

 「俺がどれだけ待ったと思ってる。やっと腹くくったかと思ったら、保留にするつもりかよ。俺はそこまで辛抱強くねーよ!」

 泉の言動は、いきなりすぎてちんぷんかんぷんだったけれど、ゆっくりと理解していくとこれは良い返事である気がする。つまり、俺が告白するのを泉も待っていたということなのだろうか。そうだとしたら、それはとても嬉しい。

 「泉、ってことは返事は『はい』?」
「いちいち聞くな、バカ」

 しっかりとした肯定の言葉が欲しくて、泉に聞きなおす。泉は少し照れたような顔をして、俺を睨んだ。
泉も俺と同じように悩んだのだろうか、どうやって心を決めたのだろうか。泉のことを推測することは出来ないけれど、今の泉の必死そうな顔を見たら少し想像できる。
 いまはまだ、ちゃんとした言葉にしてくれなくてもいいけど、いつかは言って欲しい。それまでずっと、泉のそばにいるから。できればその先も。

 「好きだよ、泉」
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