▼年越しそば
 大晦日だというのに元親はなにを考えているのか、元就の城に入り浸っている。掃除や片付けなどはせずともよいとはいえ、暮れぐらいは自分の城にいるのが城主の役目ではないのかと元就は思う。
 
 いくら瀬戸内は温暖な気候だといえども冬は寒い。だが元親は好んで縁側に陣取り昼寝をしている。しばらく呆れて見ていたが、元就は元親ほど暇ではないので仕事に戻った。

 今年の仕事は今年のうちに仕上げようと、筆を早く動かしているといきなり元親が起きた。すぐ近くで仕事をしていた元就の傍によって来ると、突如何か思いついたかのように目を見開く。

 「元就に年越しそばでも作ってやるか」

 何を暢気なことを言っているのだ。大体元就とて城主なのだから年越しそばくらい家臣が手配している。それに元親の手料理など信用できたものではない。そう言って辞退しても元親の決心はもう揺るがないらしい。

 「んじゃあ、ちょっくら行ってくるぜ」

 そう言って出汁に使うらしい魚を捕りに行った。元就は一人部屋に残されて憤っていた。元親は元就に会いに来たのではないのか。なのになぜ元就を置いて何処かへ行ってしまうのか。

 時折元就は元親の自由奔放さを酷く憎らしく思うことがある。多分それはどうしても理解できぬことなのだろう。元親の全てを理解しようとするのはとおの昔に諦めた。
 所詮元就と元親は敵同士なのだ、分からないところなどあって当たり前だ。だから全てを理解したいと足掻くより、諦めてしまった方が気が楽だろうと思った。だがそれでも理解したいという感情を全て押し殺すことは不可能だったのだ。

 もうすぐ夕刻だというのに元親は帰ってこない。元就は冷たい風が吹き付けてくる外を遮断しようと縁側に続く襖に手をかける。綺麗に手入れされた庭を見て、初めて自分の屋敷の外の風景を意識した。
 この庭もきっとこの城に仕えている何者かが木を切り揃えたり、新しく種を植えたりしているのだろう。元親はいつもこの風景を見ていたのかと遅まきながら理解する。きっと四季によって変わるこの庭の装いを楽しんでいたのに違いない。つくづく暇なやつだ。

 そうやって庭を眺めていると表が騒がしくなってきた。何事かと思っているとどうやら元親が帰ってきたらしい。それにしては派手な音がするが気のせいにしておく。元就が公務に戻ろうと襖を閉めようとすると、元親が走ってやってきた。

 「おい元就。台所借りてるぜ」
「何だと」

 元親に連れられて台所にやってくるとそこでは見慣れた者たちが台所を占拠していた。元親の部下達は元親が元就を連れてやってくると元就に礼儀正しく挨拶をした。

 「元親。これはどういうことだ」
「どういうことって、年越しそば作ってるだけだ」

 どうやら元親の帰りが遅かったのは四国から部下を連れてきたかららしい。ちなみにそう考えるとかなりの速さで中国と四国を行き来しているような気がするが気にしないことにする。

 元親は慌しげに兵達の間を潜り抜けながら命令を出している。相変わらず元就のことは放りっぱなしだ。さっさと部屋に戻ろうとすると元親に止められた。

 「これ飲んでみろよ」

 と小さな器に入れられたうどんの汁を渡される。熱さに注意しながら口に入れるとそれはとても素朴で美味しい味がした。

 「どうだ」
「・・・美味だな」
「だろ」

 そう言って元親は笑った。これからもこの男を理解できないかもしれない。けれど受け入れることは出来るかもしれないと思った。来年こそは、きっと。





2006.12.31
スポンサード リンク