▼他愛ない瞬間
 今日の外は晴れとも曇りともつかぬ天気で、たまに日輪が雲に隠れて日が陰ることはあっても、真っ暗にはならない。長曾我部は昨日の昼から我が城に滞在している。
 
 今日は朝早く起きて、どうやら釣りに行っていたらしい。何故我を誘わなかったのかと問えば、昨夜誘ったときに断られたからと言った。そういえば、息子達に文を書いている最中に耳元で何か囁いていたかもしれない。鬱陶しくて突き飛ばしたが。
 
 朝食はその長曾我部が釣ってきた魚で作った汁と野菜のひたし、それと飯だ。いつもは一人で自室の中で食べるのだが、今日は長曾我部も一緒に向かい合って食べた。


 長曾我部は崩れただらしのない格好をしているくせに、何故か作法だけは整っていて綺麗だ。そうやって見ていると長曾我部と目があった。長曾我部は見ているほうが照れるような屈託のない笑顔を我に向けた。勿論我は照れなどしなかったのだけれど、それでも少し狼狽したのがばれたらしい、長曾我部はさっきよりも嬉しそうに笑った。

 「長曾我部、手元が留守だぞ」
「んなこと言うんなら毛利だって、ほら、さっきから全然進んでねえじゃねえか」
「なっ、我は味わって食べておるのだ。貴様と一緒にしてくれるな」
「はいはい」

 長曾我部が一回の食事で食べる量は我の三倍くらいだ。確かに奴は我の三倍くらいは優に動いているから、もしかすると三倍という量でも長曾我部には不足かもしれない。


 食後、我はそのままその場所で文を書いたり地図を読んだりする。熟考は長曾我部が訪ねてきている時点で無理なので、大人しく当たり障りのない作業を進める。途中長曾我部が紙と筆と墨が欲しいと言ったので、予備の物を貸してやった。それしきのことで女房を呼ぶのは莫迦らしいと思ったからだ。
 
 長曾我部がそれを持ってどこに行くのかと思うと、部屋の窓の辺りの丁度日が差し込んでいて暖かな場所だった。しゅっしゅと紙の上を筆が走る音がする。大方新兵器でも考えているのに違いない。長曾我部の作る兵器は兵器と一言で言ってのけるには少し勿体無い気がする。兵器に夢も希望もないが、それでもそれを使って戦をするときの長曾我部の様子は子供のように無邪気だ。だから奴は恐ろしいのかもしれない。


 日輪が真上に昇った頃、丁度我も作業を一段落させた。昼食を持たせようと女房らを呼ぶと、それを頼む前に持ってきた。そのことに感心して、思わず礼などを言ってしまった。どうやら長曾我部の影響がこんなところにまで及んでいるらしい。きっと不快そうな表情になっている顔ごとやれやれと頭を横に振る。
 
 長曾我部に声を掛けるが返事がない。そこまで集中しているのかと気を使って、気付かれぬよう横に立っていたのだが、どうも様子がおかしい。怪しんで長曾我部の顔を覗き込むと、長曾我部は眠っていた。
 
 我は気分を害してそのまま長曾我部の近くに座り込んだ。規則正しい寝息をすやすやと心地よさそうにたてる長曾我部を横に、我は空を眺めた。大体早起きなぞして釣りに行くからこんなことになるのだ。これでは折角美味い魚を食わしてもらったことの礼を言おうとしたのに、言いたくなくなるではないか。
 
 ふと視線を落とすと、何かの設計図のようなものが置いてあった。多分、先程想像していた兵器の設計図だろう。これに殺される者もいるのだろうと思うと設計図を破り捨てたくなったが、自分には関係のないことだと思い直し止めた。
 
 「長曾我部、我は死んでも、日輪の元には行けぬのだろうな」

 長曾我部と呼びかけては見たものの我はこやつが眠っているのを知っているのだから独り言のようなものだ。


 「毛利」

 いきなり予期せぬところから声がしたので驚いてしまった。見ると長曾我部が目を覚まして、こちらを向いていた。寝起きで締まりのない顔をしているのかと思ったら、むしろ真剣そのものといった感じだった。

 「何だ、起きておったのか。昼食だ、早う食わんことには冷めて不味くなるぞ」

 先の女々しい失言を無かったことにしようと、立ち上がって飯を食いに行こうとした。その時、後ろから引き戻されて胡坐をかいた長曾我部の上にすっぽりと乗っけられてしまった。じたばたと暴れるのは性に合わないので、とりあえず長曾我部の足を踏みつける。
 
 「痛っ、毛利止めろ、本当に痛え」
「ならば、この体勢をどうにかせよ」
「・・・分かった。けど、横にいろよ」

 長曾我部は我を横に座らせると、我の顔を引き寄せた。我は為すがままにされていた。それは長曾我部が何を言いたいのか興味があったからだ。

 「毛利、確かに俺達は沢山人殺してきてっけどよ。でもそれは他のもっと大勢の人のためだろ。だから・・・、悲観すんじゃねえぞ。俺達を必要としてるやつも沢山いんだからよ」

 長曾我部は一息つくと、我を力強く抱きしめた。この男は勘違いをしているのだ。我は別に悲観などしてはおらぬ。ただ日輪の元へは行けまいという事実を言っただけだ。それでも勘違いを正す気にはなれなかった。


 いつまでこのままでいるのだろうかと疑問に思っているのだが、長曾我部の色素の薄い髪が光に透けてきらきらと光って見えるのが綺麗で見とれてしまっているので中々言えない。長曾我部は幸せそうだ。我はどのような顔をしているのだろうか。おそらく、いつもとそう大して変わらない顔をしているのだろうが。
 
 「毛利、俺はお前がどんな地獄に行ってもお前んとこに行くからな」
「ふん、日輪は我らを見ていてくださるからな。我が貴様と同じところになどいるものか。それに我は貴様がどんなに苦しもうが気にも留めぬぞ」
「ひでえな」

 長曾我部は笑った。我も、笑おうと努力した。


 冷めた昼食はお世辞にも美味いとは言えなかったが、それでも食べ物を粗末にするのは好きではないから、全て食べた。長曾我部の外見に似合わない綺麗な作法を見ながら。





 恐れ多くも「チカナリズム」という素敵企画に参加させて頂いた作品です。現在企画は終了してますが。
 他愛ない瞬間→日常→会話。他愛ない会話→死後の話。という妙なコンセプトで作ったら本当に他愛無い物が出来てしまいました。なんか本当に他愛なさ過ぎて泣けます。
ちなみに皆さんは「他愛無い」は「たあいない」派ですか「たわいない」派ですか。私的には元親目線だと「たあいない」で元就目線だと「たわいない」だと思います。「たわいない」の方がきちっとしてる印象があるので。なんて、下らなくてごめんさない!

2007.04.09
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