▼隻眼ヤンキー冷凍オクラに出会う 1
 元就は囲碁将棋部室の中で一人碁を打っていた。ぱちんぱちんと小気味良い音を響かせながら碁盤の空きが埋まっていく。時折眉間に刻まれる皺が彼の端正な顔を歪めた。
 元就は彼の顔にあつらえたかのようなきちんとした制服の着こなし方をしていた。だがよく見るとそのシャツの襟に緑のブローチが付いている。 普段の品行方正な態度から見逃してもらっているのだろう。
 
 部室は雑然としていて、元々狭い部屋がもっと狭く見える。いつも片付けなければと思うのだが、大半が部の物ではなく教師たちが置いていった教材や大量にある藁半紙なのでどうにも片付けようが無い。その隙間に無理矢理机を入れ、碁盤と将棋盤を置いてある場所が実質の活動場所だった。

 退屈だ、時折元就はそう思う。何もかもに恵まれているわけではないが、他者を超える頭脳と悪くない家柄を持つ元就が日常に不備を訴えるのは仕方が無いことだとも言える。小さい頃から両親が居ないことで、からかわれることも無くはなかったのだがそれも元就の反応がないからかいつしかやんだ。
 
 贅沢とはこんなことを言うのであろうか。元就は苦笑する。毎日気が抜けなかった頃はこんな世迷言を並べたことはなかったのに。
 
 元就が思考の世界に入っているとがらがらと部室の扉を開く男が居た。背の高い妙なにこやかさを持つ男で、左目に眼帯、髪色は白という不良のような外見だが屈託の無い感じを受ける男だった。ネクタイの色から一年だと分かり、無礼を責めようと口を開いたがそれを目で制される。

 「悪ぃ。ちょっくら隠れさしてくんね?追われてんだ」

 元就の追及は虚空に消えた。
 その長躯の男は、言うが早いかごそごそと辺りを散策する。すると、隠れるのにいい場所を見つけたのかいそいそと入り込んでいる。

 「おい、何をしている」

 元就が声をかけると、ダンボールとダンボールの隙間から器用に頭だけをひょいっと出してこっちを向き、じっと元就を観察している。そして口を開いたかと思うとこう言った。

 「隠れてんだけど、言わなかったか?オクラさん」

 緑のブローチが目に留まったらしい。元就はこの男の不躾な態度に頭に来ていた。その上さっきの言葉だ、怒りが倍増する。元就の欠点である自分の意見がないがしろにされると我慢できないという性格が爆発したのだ。顔が歪む。美にうるさい人などが見たら犯罪だと思っても仕方ないと思えるほどの変貌ぶりだ。

 「そこの男、今すぐここを立ち去れ」

 男の近くにずずいと寄る。しゃがみ込んでいる男をぎんと睨むと、男は怯むどころか睨み返してきた。ほ、と元就は感心する。元就の怒り方は敵を威圧するもので、逆上させるようなものではないのだ。そして怒ったときの元就に睨まれたものは一も二も無く背筋を冷たい線が走り、体に震えが出る。それが普通の反応だが、この男は睨み返してきた。

 ・・・面白い男だ。ふと、昔の記憶がよみがえる。確か幼い頃にもこんなことがあった。そのときは少女だったがこれとよく似た感情を持った覚えがある。その少女は去ってしまった、まだ出会って一年も経ってなかったのに遠くに引っ越していったのだ。少女は去り際にぎゅっと握った手からきれいな緑のブローチを出すと元就に渡した。・・・どう見てもオクラにしか見えないかたちのブローチを。

 
 ・・・また遠くへ行ってしまっていた。男がぼうとしていた元就を心配そうに見ていた。その仕草から己の失態を再確認した元就はかっと頬が熱くなるのを感じた。慌てていつもの鉄面皮に戻る。そして尚もそこに経っている男に一瞥をくれた。

 「好きにするがいい。ただし我は何も知らぬぞ」

 それだけ言うと元の席に着き、平常心を取り戻そうと始めから碁を打ちなおす。
ぱちんぱちん、ぱちんっ、元就の手が止まった。扉を開けて何者かが入ってきたのだ。

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