「ねえ〜v私これが欲しい〜〜v買ってええ〜んv」
そう言って女はこれでもかというくらいの「しな」を作り、それこそ蕩けそうな笑顔で手元の煌びやかなカタログの商品を指さした。
「しょうがねえなあ〜v」
言われた男はまんまと女の笑顔に騙されつつ、女が指さした商品の値段などろくに確認もせず、自分の為に向けられていると思っている笑顔に眦を下げっぱなしだ。
傍から聞けば、バカップルの典型のような会話だが、たまたま同じカフェで彼らの後ろの席でノートパソコンを弄っていたIGO開発局食品開発部部長のヨハネスは、その会話を耳にして知らず知らずの内に溜息を吐いた。
「なあ〜に〜〜?悩ましい溜息なんか吐いちゃって〜〜vv」
そこへトイレに行っていたヨハネスの上司にしてIGO事務局長のウーメン梅田が戻ってきた。
果たして彼は男子トイレに入ったのか、はたまた女子トイレに入ったのか。
そんな疑問をヨハネスはとうの昔に捨てていた。
「悩ましいというほどのものではありませんよ、ウーメン局長。」
「嫌ああねえ〜〜〜んv恋の悩みとか相談に乗るわよ〜〜vvv」
「……どうあってもため息の理由を聞きたいのですね?」
短くはない年数をこの上司の元で過ごしてきているヨハネスである。
ウーメンの考えている事をある程度までは読めるし、彼が思いの外好奇心旺盛で或ことも良く知っている。
本格的に腰を据えて聞く体制を整えているウーメンに、先ほどとは違う溜息を吐きウェイターを呼んだ。
元々ウーメンの用足しの為に入ったカフェである。
コーヒーを一つ注文してはいたが、話が長くなると踏んで本格的にオーダーを取る為だ。
丁度ランチの時間に差し掛かる頃であるし、話が長くなりそうなのにコーヒー一杯で居座るのは同じ飲食業界で働くヨハネスとしては抵抗があったからだ。
存外律儀な性格のヨハネスが、ウーメンに何にします?と問えば「同じもので。」と答えたので、ウェイターにランチコースを二つ頼んだ。
「それで?相手の女性は誰かしら?もしかして…男性?!きゃーーーッvvv」
ウェイターが去ると、ヨハネスのため息の理由が恋愛関係だと決めつけているウーメンが早速身を乗り出して問い詰めてきた。
「どうという事はありません。」
上司の詰問に、ヨハネスは涼しい顔でメガネをくっと中指で上げると、後ろをちらりと見て先程のカップルが居ないことを確認する。
「先ほど後ろにカップルが座っていたのですが、女性がどこかの有名ブランドのカタログの商品を指さして欲しいと男性に強請っていたのです。」
「それで?」
「男性も言われることにまんざらでも無いような様子で、女性の要求を飲むような発言をしていました。もう既に居ないところを見ると、おおよそ早速買い物に出かけたのでしょう。」
ヨハネスは淡々と話しながらも、目線はパソコン画面から離さずキーを叩く指は高速で次々と仕事を処理していく。
「何よ〜、恋愛相談じゃないのおお〜?」
「そもそも私は恋愛の事とは一言も行ってませんよ。局長が勝手に盛り上がっていただけです。」
「可愛くないわねえ〜〜!ま、いいわ。で、その話のオチは?」
ウーメンがそう尋ねると、そこで初めてヨハネスのキーを叩く手が止まり、どこか遠くを見るような目でボソリと呟いた。
「……かくも、男とは女に貢ぐものなのか、と……。少しだけそう思っただけですよ。」
そう言うと、ヨハネスは再びキーを叩き始めた。
「やあねえ〜、黄昏るなんてヨハネスちゃんらしくないね。つまりそれってヨハネスちゃんがそういう女に貢いだってコト?」
「私も若いときは色々無茶をしましたから。まあその時に女性に強請られたこともある、というだけの事です。」



ヨハネスは、若いとき割とモテていた方だと自負している。
その要因としてヨハネスの容姿や性格もあったのだが、IGO本社勤務という肩書きも大いに関係していた事もあった。
グルメ時代においてIGOの要職に付いている彼は、女性たちから見れば大変魅力的な物件だった。
並みのサラリーマンよりも遥かに高収入だったヨハネスに、目を付ける女性は少なくは無かった。
(まあ、彼女たちのその強かさは嫌いでは無かったが、ああまで強請られると、少々癖へきしたものだ。)
そこへちょうどランチが来たので、ヨハネスは一旦パソコンを閉じて仕事を中断する。
運ばれたランチは適当に入った店の割には、見た目もボリュームも悪くはなく、見た目を裏切らない程度には美味かった。
「まあ、ちょっとぐらい強請った方が可愛げのある女だと思うけどねえ。あんまり頻繁だとそりゃたかりよ、たかり。」
ウーメンは白身魚のムニエルをつつきながら先程の話の続きを話し出した。
「おや、私はてっきりウーメン局長に過去の女性遍歴を言及されるとばかり思ってましたが……」
「そりゃヨハネスちゃんが話してくれるなら聞きたいけど、話す気なんてさらさら無いでしょ?」
ヨハネスは返事の代わりにニッコリと微笑んだ。
端から話す気などなかったヨハネスだったが、しつこく言及されるだろうと思いランチを注文したのに、予想が外れたようだ。
「強請る女も可愛いだろうけど、私としては貢がれる女が最高よねえ〜んv」
「?強請るから、貢ぐのでは?」
ウーメンの言葉に引っかかりを覚え、食事の手を一旦休め問うた。
「立場と解釈の問題よんvヨハネスちゃんは男の立場。私のは女の立場から見た言い方。」
「ああ……」
言われれば簡単な事だ。
しかし……
「強請るから、貢がれるのでは?」
「そこは解釈の違いね。身近にいい例があるわv」
「身近?」
「今日「ホテルグルメ」の最上階レストランに納品された食材、どこか変じゃなかった?」
脈絡の無い話題を振られながらも、ヨハネスはすぐにパソコンからデータを引き出す。
「ええ、発注した食材の他に、ハニーハンドベアとルビークラブが納品されていました。」
どちらも捕獲レベル30以上。
六星レストランといえど、滅多なことでは注文しない。
「どちらもトリコ様からです。今朝ホテルに届けられたそうです。」
それを聞くとウーメンは「そう」と一言言うと、コーヒーで口を潤し再び口を開く。
「スターダストソルト、八角シナモン、プラチナシュガー、アメジストラビット、ハンマークラブ……」
ウーメンの口から出たのは全て食材の名前。
しかもどれもこれも捕獲レベル二桁以上の食材達。
きょとんとしているヨハネスに、ウーメンは艶然(?)と微笑んだ。
「管轄が違うから無理もないけど、ここ一週間でホテルグルメに納品された予定外食材よ。」
「え?」
思わず素で驚いてしまったヨハネスを、ウーメンは面白そうに眺めた。
それだけの食材を、しかも一週間という短期間で揃えられる財力と実力を兼ねそろえている者など、限られてくる。
「四天王……ですか?」
その答えを、ヨハネスは呆然と呟いた。
「そうよんvトリコちゃん、ココちゃん、サニーちゃん、更にゼブラちゃんまで!小松ちゃんにって納品してくれたものなのよん。勿論、小松ちゃんが強請った訳じゃないわよ。恐らく話の何気ない話題の端くらいに上がった名前だと思うわ。ね?わかる?私が言いたいこと。」
「ええ……何となく……。」
贈るのは勿論、相手に喜んでもらいたいからだが、もっと切実な意味もある。
思う相手に振り向いて欲しい。
もちろん、物で釣ろうという訳では無いが、より相手が喜ぶものを贈り自分を強く印象づけたい。
「つまり、強請られなくとも自然と貢いでしまう、何も言わなくとも貢がれてしまう。局長が仰る最高の解釈ですね。」
「そうよんvしかも四人とも普段からどちらかといえば貢がれる方よね。それこそ黙っていたって勝手に送られて迷惑しているようだし?そんな男達がよ、逆に貢いでるってだけでも驚きよね〜。もっとも、トリコちゃん達も小松ちゃんも貢ぐ、貢がれるなんて思ってもいないでしょうけどvvv」
小松ちゃんは男の子だけど、最高の小悪魔かも〜〜v
と、のんきにウーメンはコーヒーを啜っているが、ヨハネスは心中それどころでは無かった。
相手の喜ぶ顔が見たい。
たしかにそんな感情が自分の中にあったことは否定しない。
だが、相手に振り向いてほしいなどという感情は無かった。
はず……だと言いたい。
言えないが言いたい。
その時、ウーメンの携帯が主を呼ぶ。
「ちょっと失礼〜vあら?小松ちゃんからだわv」
噂をすれば影、ねvとウーメンはヨハネスにウィンクしながら通話ボタンを押した。
「はあ〜いv小松ちゃん、どうしたの?」
(あ、ウーメン局長、ありがとうございますッ!)
「え?私お礼を言われるようなことしたかしら?」
(え?違うんですか?さっき希少なブルーローズが搬入されてきたのでてっきり局長が手配してくれたんだと思って……)
ブルーローズとは、大変珍しい青いバラで、観賞用としてはもちろん、食材としても大変希少価値の高いものである。
ここ最近になって人口栽培に成功したのだが、まだまだ市場に滅多には出回らない食材の一つだ。
(今度のドルチェフェアで、ブルーローズを使ったスウィーツを作ってみたいとヨハネス部長に話したんですけど、予算オーバーだって却下されちゃって……でも部長が局長に話を通してくれて許可が下りたんだとばかり思ったんですけど……)
「ふーん、そうなの……」
今やウーメンの冷ややかな視線はヨハネスを突き刺し、その視線に晒されているヨハネスの顔は青く変化していた。
そんなヨハネスの様子を見ていたウーメンは、口端を上げてにっこりと微笑んだ。
「小松ちゃん、そのブルーローズは私じゃないわ。ヨハネス部長が手配してくれたものよ。後でお礼を言っておくことね。」
(!?そうなんですかッ!うわ〜どうしよう、うれしいですッ!!分かりましたッ!後ほどお礼にヨハネス部長のところに寄らせてもらいますねッ!!)
プツン、と電話を切った後、しばらく二人の間に沈黙が流れた。
電話を切った後冷ややかな視線を一転、ウーメンはニヤニヤと少し品の無い笑みで口元を歪ませ、ヨハネスはダラダラと冷や汗を流し手の平もじっとりと塗らせていた。
「……確か、ブルーローズは開発局の管轄よね。立場を利用して横流し?」
「まさかッ!そんな事はしませんよ。……ただ、立場を利用して卸価格では、あります……。」
観念したようにヨハネスは告白する。
「まさかヨハネスちゃんもねえ……」
「誤解の無いように行っておきますが、私の場合将来有望なシェフに勉強させてあげようという親心に近いものですよ。ただ、レストランのメニューに出すには少々予算オーバーだったので、コネを使ったまでですよ。」
「……ふーん。」
どこか胡散臭いものでも見るような視線を受け内心焦りまくっていたのだが、とりあえず持ち前のポーカーフェイスを最大限生かし、目の前のランチを消費していく。
ランチは無駄にならずに済みそうだ。
「ま、いいわ。ここで追求しても面白くなさそうだし、とりあえずせっかくのランチを楽しまなきゃねv」
そう、この堅物が自覚するまでの間、オタオタする様を楽しまなきゃ損よねv
その人の悪い笑顔に、ヨハネスは内心恐々としながらも、何とかランチを食べ続けたのだ。

あなたの望むもの。
あなたの好きなもの
あなたの思う全てを、叶えてあげたい。

だから少しだけでも振り向いて。
その笑顔を、僕にだけ頂戴。

その為だったら僕は何だってする。
僕の全てを貢ぐから、
あなたの笑顔が欲しい……




ヨハネス……嫌いじゃないです(笑)
アニメ版ヨハネスの小松ラブっぷりは半端無いと思います(キリッ(`・ω・´)