綺麗に澄み渡った空。
雲ひとつない空は今の僕には嫌味としか思えず、僕の心をますますどん底へと突き落としていく。
それでも同じ色の髪を持つ、数少ない僕の仲間…というより弟のような存在のトリコや、我儘で美意識にうるさい、それでもどこか憎めないサニー、その妹の愛らしく可愛いリンちゃん、一番手を焼かせてくれたゼブラ、こんな僕を愛してくれた数少ない人達。
そんな彼らの顔が次々と脳裏をよぎり、ああ、これあ走馬灯なのかとどこか落ち着いた心持でそれらを他人事のように眺めていた。
思えば14年なんて短い人生だったなと、眼下に広がる広大な景色を眺めながら、あと一歩踏み出せばたとえグルメ細胞に支配されたこの身体だとてバラバラに砕け散るであろう高さを眺めた。
最後の景色が「庭」なんて品が無いがしょうがない。
この施設から出る許可なんて下りないのだから、この研究所でももっとも高いここにしか行きつく先がなかったんだから。
ココがここに…
ぷッ。
なんて品の無いナンセンスな事を思ってるんだろう。
人間最後になるとユーモアが出てくるのか。
「ユーモアっていうより、おやじギャグですよソレ。」
ほっといてくれ。
もうこの先そんな事も言えなくなるんだから……
ん?
「この先も何も、あなたこれからもっと長生きするんですから、勝手にリストから外れるような事をされるとこまるんだけどなあ……でもなあ、僕力弱いし…でも見ちゃったからなあ……」
んん??
今この場には、僕しかいないはず……
後ろや周りを見ても誰もいない。
尚もきょろきょろと見回すと、僕の目の前、眼前に広がる広大な景色、その空中にぽつんと人が浮かんでいた。
いや、人の背中には翼なんて生えていない。
その羽をパタパタとさせながら、その人らしき生き物は何所か思案顔に器用にも空中で胡坐をかいていた。
「でもどうしてこの人、自殺なんてしようとしてるのかなあ……その理由が分かれば対処もできるんだろうけど、困ったな。携帯家に置いてきちゃったしなあ……」
どうもそのいでたちから、彼は世間一般で言われる、天使というものらしい。
少なくとも姿形は僕が見た本の中のそれに似ている。
だけど……
天使って、携帯使うんだ。
あと天使ってもっと綺麗な顔をしてなかったっけ?
「ほっといて下さいッ!自覚はしてますからッ!!……え?今何て……」
もう念話で話すのも疲れたから
「言葉で言うけど、黒髪でちんちくりんで鼻が潰れてる大きすぎる眼の天使なんて、僕初めて見たよ。」
「……」
「……」
「ええええ〜〜〜〜ッ!?ああ、あなた僕の事が見えるんですかッ!?」
「しかも声が大きくて品が無い。君、本当に天使?」
「滅多に見える人間なんていないのにッ!って初対面でいくら何でも失礼ですよッ!あ、いやでも僕が見えるんでしたら話が早いですッ!あなた自殺なんて止めましょうッ!!」
「……しかも図々しくも切り替えも早い。変な天使だなあ……少なくとも天使なんて見たら感動するはずなのに何で全然感動しないの?」
「それ当人に聞くッ!?天使だって色々いるんですッ!ああ、とにかくッ!あなたココさんですよね?」
ぶちゃいくな天使はパタパタと背中の小さな羽根を一生懸命動かして、僕のすぐ側まで寄ってきた。
「僕の名前、知ってるの?」
普通に疑問に思いながら聞けば、天使は僕が散々毒舌を飛ばしたにも関わらず、にこにこしながら僕の頭の辺りを見据えた。
「ええと、丁度貴方の頭の辺り、この辺に名前と誕生日、それと没年月日が浮かんで見えるんです、僕たち天使は。」
「デス〇ートじゃん。パクリじゃん。君ほんとに天使?」
「ほんと失礼ですね〜。たとえぶちゃいくでちんちくりんで、鼻が大きくて声が大きくて品が無くとも、天使なんですッ!とにかくッ!あなたまだまだ長生きできるんですよ?何で死のうとするんですか?」
これでも結構考えに考えて一大決心でここに来たのに、この天使ときたら何の事もないように、まるで「今日いい天気ですね〜」なんて世間話するみたいに僕に話しかけてくる。
「項目が一つ抜けてるよ。図々しいって。」
「しかもダメだしッ!?とにかく勝手に死なれると後処理が大変なんですよ〜。リストの改編に魂の浄化作業。それと転生の予定変更と微細調整。」
色々と聞きなれない言葉を並べる天使の言葉を、僕は茫然と聞いていた。
何と言うか……
「随分とシステマティックだね……」
人一人死のうといしてるのに、やけに事務的な言葉に僕は段々と馬鹿らしくなってきた。
「最近ではかなりオートメーション化とIT化が進んでこれでも楽になった方ですよ〜。それでも自殺者の処理は一番大変なんで、できれば止めてください。」
……何だかお役所でキレる人たちの気持ちが分かる気がする。
ああ、団々と萎えてきたなあ……
「それに、自殺した人の魂って重いから僕たちが地上へ降りて回収するんですけどね、運ぶ時、辛いんです。」
「え?」
「魂の傷が、天使にはダイレクトに伝わります。だから辛すぎて、運ぶ途中で消えてしまった仲間も少なくないんですよ。こう見えて天使って結構デリケートなんですよ。」
あはは、何て、心底邪気のない笑顔で何でもない事のように話すから、僕は思わず彼をまじまじと見つめてしまった。
「仲間が消えて、悲しくないの?自殺した人たちが、憎くないの?」
僕の言葉にきょとんとする天使。
「すいません。僕たちにはマイナスの感情が備わってないんです。痛みも悲しみもマイナス感情では無いので分かるんですが、憎むとか怒りとかはちょっと……ごめんなさい。」
「……謝らないでよ。今のは僕が悪いのに、そんな素直に謝られたら、ごめんって、言えないじゃん。」
「うう、すいま……」
また謝ろうとした彼に僕は思わず睨みつけてしまい、その視線を受けて両手で口を塞ぐ彼。
「……ねえ、もし、もし今僕が自殺したら、魂は君が運ぶの?」
「そうですね。こうやって話せたのも何かのご縁でしょうし、そうなりますかね。でも……」
そう言って彼は、僕の胸の辺りに掌をかざして、悲しそうに笑った。
「貴方の魂は、相当傷ついていますし、自殺なんてしたらさらに傷が増えるでしょうねえ……そうすると僕、貴方を上手く天上まで運べないかもしれません。その時はごめんなさい。」
また、何でも無いことのように笑う。
しかも自分が消えてしまう可能性があるのに、何で僕を許せるのか。
「……天使って、変な生き物だね。」
「ええッ!?どうして話がそういう方向にッ!?」
すかさずツッこむ彼に、僕は頬が緩み自然と笑顔が零れた。
「分かった。自殺、止めるよ。」
「えッ!本当ですかッ!!良かった〜!!まだまだお若いんですから、この先いくらでもいいことありますよ。」
この先、いい事がいくらでもある。
無責任で不躾な大人たちは軽くそんな事を言ってくるけど、不思議とこの天使から紡がれる言葉は信じてもいい、なんてらしくもなく思った。
だから……
「ただし、条件があるんだけど。」
「え?」
僕の不意の提案に、彼は虚を疲れたような間抜けな顔になった。
「君が、その「いい事」になってよ。」
「え?どういう事ですか?」
「僕が自殺するのを止める代わりに、君にずっと側にいてほしいんだ。」
「あなたの側に?ずっと?」
「そう。君が側にいれば退屈せずにすみそうだし。」
「僕はお笑い芸人じゃないですよッ!でも、僕仕事があるしなあ……」
「自殺を防ぐのも君の仕事じゃないの?」
「そうですけど……僕下っ端だから上司に聞かないと何とも……」
その時、突然後ろからまるでサーチライトのような強烈な光が現れた。
僕の目は通常人よりも数十倍視力がいいので、正直その強烈な光は堪えた。
「うッ」
「こ、ココさん?!って、ケラビム様ッ!!」
「ケラビム?」
「僕の上司の天使様です。ケラビム様、どうしてここに?」
(とりあえず、話は聞いたわよ〜ん。ココちゃんが言った条件、呑んであげるわ。)
目が開けられない状態で声しか聞こえない僕だったが、そのやけにカマっぽい口調に、どうしても時折この研究所を訪れるオカマを思い出す。
(目が開けられなくて本当に良かった……)
「ちょっとッ!あんたの心の声聞こえてんだからねッ!ほんと失礼な子ねえ〜ッ!!」
「じゃ遠慮なく声を出して言わせてもらうよ。かまっぽいね。つうかおかまだよね。サングラスに青ひげともしかしておかっぱ頭してる?してるんだったら狙いすぎだよね。」
「すごいッ!ココさん見えないのにどうしてケラビム様の容姿分かるんですか?」
妙な所で関心する小さい天使に、僕は何故かいい気分だった。
(ちょっとそこ何照れてんのよッ!!むき〜ッ!!これだから中二病のガキは嫌いよッ!忙しい中可愛い小松ちゃんが困ってるから来てやったってのにッ!!)
「天使って怒りの感情って無いんじゃないの?」
(ほほほほv私くらい高貴でビューティフォーうなイヤンパクトある天使になると、感情も複雑になってくるのよ。)
「……確かに複雑そうだ。」
(そっちの複雑じゃないわよッ!いちいちムカつくわねッ!)
「で、小松って誰?」
(しかもスルーッ?!)
「あ、僕の名前です。改めまして、僕小松っていいます。」
「小松君か。実に君らしい名前だね。」
目を閉じながらも、小松の声のする方を向き手を伸ばす。
「あ、すいません。僕たち天使は霊体なので……」
どこか悲しそうな声で小松君は言う。
(そうよん。その事も含めて私が来たのッ!とにかく、貴方のそのひねくれた性格矯正するにも小松ちゃんが側にいるのがいいだろうって、さっき会議で決まったから、その事については許可が下りたわ。)
「ほ、本当ですか?」
(ええ本当よ。それよりも小松ちゃん、あなたはいいの?このひねくれたガキの側に居なくちゃいけないのよ?)
「もちろんッ!僕は全然かまいませんッ!彼が自殺を止めてくれるならいくらでもッ!!」
(それでね、こちらとしても色々準備があるから、ちょっと時間を貰うわよ。そして……)
ふいに、ぐらりと身体が揺れた。
倒れる、そう思ったら床に倒れ込んでいたが、不思議と衝撃は無く何かの力によってふわりと浮いた感じがした。
「ココさんッ!?」
小松君の慌てる声がして、あのムカつくオカマの声が響く。
(ムカツクって何によッ!とにかくッ!!準備が整って、貴方が小松ちゃんと再び出会うまで、この記憶は預かっておくわ。大丈夫。小松ちゃんとの約束があるからこの先自殺を考えようとストッパーがかかるし、勿論、小松ちゃんと会った時にはこの記憶は、ちゃんと貴方に返すわ。それまでは……せいぜい力を磨きなさい。揺るがない精神力で、己の中の荒ぶる力を制御してみなさい。そうじゃなきゃ、守れないんだからね。)
そこで僕の記憶はぷつんと切れた。


ふと目が覚めると、そこは研究所でも一番高い建物の屋上だった。
何故僕はこんな所に?
ゆっくりと身体を起こして辺りを見回す。
そこでふと空中を見つめる。
当然何も無い空。
でも何故か……
「何だろ、何か大切な何かを空で見つけたような……」
ばかばかしいと思いながらも、僕は身体を起こして研究所に戻った。
今日もまた毒の抗体実験が始まる。
だけど不思議だ。
昨日まであれ程憂鬱だったのに、いや、今でも憂鬱だけど、何かが違った。
どう表現したらいいのだろうか。
いうなれば、力が湧いてくるというのか。
僕の心の中に、硬い、それでいて何か温かい物があって、それが僕を勇気づける、嗜める、励ましてくれる。
そうだ。
僕は、強くならねばならない。

「その時が、来るまでに。」




それから13年後、僕は天使に再会した。
「……お久しぶりですココさん。ああ、とても立派になられましたねvv」
「小松君……本当に小松くんだッ!!本当に僕の天使になってくれたんだねッ!」
その二人のやり取りを、ドン引きで目撃してしてしまった美食屋が一人いたとか、いないとか。



いや、小松って天使だよね。ほんとマジ天使。激天使。その勢いで書いた話です。
このあとは、ココさんの小松ライフ?が始まります。(続きません)
※プラウザバックプリーズ