城内の私室に戻りかけたとき、従僕が駆け寄ってきた。
私は城外に屋敷を構えていない。だから私の従僕は通常の武官の補佐である武具の手入れなどのほかに、私の身の回りの面倒もみるはめになる。もっとも私は、たいがいのことは自分でやるが。
気が利くので気に入っているその新入りの若い従者は、しきりと恐縮してわびた。


  もうすっかり寒くなってしまったので敷布を替えなければならないとおもったのですが。
  冬用のそれがどうしても見当たらなくて。
  城下の店に注文を出しますので、あと2,3日はご辛抱を―――


笑って許してやった。
もとが北の生まれのせいだろうか。寒さは苦手なほうじゃない。


室にはいると、なにか違和感がしてはっとした。
反射的に佩剣に手をかけ、室内を見渡す。じりじりと歩を進め。
果たして、曲者は寝所にいた。それも無遠慮に寝具をひき被って。
目が合うと、彼は仏頂面を更にしかめた。
「・・・お前のところの従僕はなっておらん。この寒いのに、まだ夏の寝具のままか」
武器から、手を離した。
「さっき、謝っていた。2、3日中には替えるそうだ」
「ふん」
鼻を鳴らす。人の寝所を占拠してこの態度。
「傍若無人とは貴殿の為にあるような言葉だ」
「なんだと!?」
「だってそうだろう。―――もうすこし寄ってくれ」
手早く具足と武袍を落とし寝台に寄ると、ごそりと動いて彼は場所を空けた。存外素直に。
もとよりたいして広くも無い寝台だ。ふたりして横たわると、はっきりと狭い。
だいたい、彼がこの室にやってくることはひどく珍しい。何故だろう――と考えて、ひとつ思い当たった。
「なにを笑っている・・・?」
目を閉じて、早くも睡魔に襲われている声で彼が言った。寝つきはいい人なのだ。
「いや。思い出したものだから」
「なにをだ・・・?」
「猫を飼っている知り合いが言っていた。季節の変わり目は猫で分かる、と。夏の間はどんなに呼んでも来ないくせに、寒くなると呼ばなくても猫は勝手に寝所にもぐりこんでくるんだそうだ」
「・・・・・・・ふぅん」
彼はいかにも眠そうな、鼻に抜けたような声で気の無い相槌を打ったが。
「おい、待て」
カッと目を開けた。がばりと身体を起こす。
「まさか、俺がその猫のようだと言いたいのではあるまいな!?」
「――――」
まさに、そう言いたいのだが。
・・・・しょうがないな。
「まさか。貴殿は獅子だ。猫になど譬えられようもない。寝入りばなにはとりとめのないことが浮かぶものだ
・・・」
はふ、と欠伸ひとつしてみせたのは、私も心底眠かったからだ。
今日はもう平和に眠りたい。
「そうか。そうだな・・・」
彼がそろりと再び身体を寝かす。
寒そうに身体を丸めるているので、寝具を肩まで引っ張り上げてやった。
それにしても私とはまるで版図が異なるが、彼も北方の出だ。何故こんなに寒がりなのだろう。寒がりだけではなく、とんでもない暑がりでもある。夏の間の気温に対して彼が吐き散らした罵詈雑言といったら、聞くに堪えなかったものだ。
いやきっとおそらく、単に我が侭なのだろう。
それを言ったら毛を逆立てて怒るだろうが。
「おやすみ、馬超」
「・・・ん」

従僕は2,3日中といったが。
明日にでも暖かい敷布と毛布を用意させよう。




Good Night My Sweet.

...07.11.18
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