「寒いな・・・」 と、趙雲が言った。 「寒いな。今日はやけに寒い」 また言った。 あまり暑いとか寒いとか言わないやつだから、珍しいことだ。 暑い寒いと口に出さぬよう耐えているというよりは、どうも暑いのも寒いのも感じておらぬのではないかと思う。 いうなれば、 「不感症か?」 「なんだって?」 「お前、暑いとか寒いとかあまり言わぬな。感じておらんのではないか」 「・・・だから、不感症?」 「うむ」 趙雲が、笑んだ。 こやつの笑みは女をひどく騒がせる。凛々しくて爽やかで素敵、ということらしいが、俺にはそうは思えん。俺にはこやつの笑みというのは、どことなく剣呑に見えるのだ。 口端はたしかに上げっていて笑んでいるのに違いなく、また目も笑みのかたちに細まっているにも関わらず、だ。 「ためしてみるか、馬超」 「なにをだ」 「私が不感症かどうか。ためしてみるかと言っているんだ」 「なんだと?」 「察しが悪いな・・・わざとやっているんだか。いや、馬超に限ってそれはないか」 やつはふっ・・と笑みを深めると、なんだか知らぬが、顔を寄せてきた。 近くで見ると、なるほど端麗な貌をしているとおもう。 額当てから落ちかかる前髪が翳をつくるあたりなど、なかなか色っぽい。 「―――おい、なぜ顔を近づける」 「逃げるのか、錦馬超」 「俺は逃げなどせん!――――おい、ちょっと待て!!」 趙雲の貌が限界まで近づき、もう少しで一部が触れようかという寸前で、俺はその接触を全力で阻止した。 腕を突っ張らせ足を踏ん張り。 なにせこやつは、見かけによらず無駄に馬鹿力――――・・・・・ 「ん?」 やつの顔面、特にまさに触れる寸前だった下のほうに手のひらを当てて防御していたのだが、なんぞ、妙な違和感を覚える。 逃げないと言ったくせに。 と、わけのわからん文句を垂れるのは放っておいて、俺はもう片方の手を伸ばした。やつの、額に。 うわ。 「趙雲、おまえ、熱があるな」 「え?無いよ。そんなもの」 「その脈絡の無い自信はなんだ」 「あるはずがないじゃないか」 「だからそれが間違いと言っている。絶対、あるぞ。この阿呆が」 「阿呆とはなんだ。馬超とはいえ、許さんぞ」 「阿呆を阿呆と言ってなにが悪い。お前にしては寒い寒いと抜かすからなにごとかと思ったら、なんのことはない、おまえ自身が熱を発しているのだ」 「そんな、馬鹿な・・・」 「ほら、」 こつん、と額同士を合わせる。 「やはり、熱いな――」 「・・・・・・そ、」 「そ?」 「・・・んなに、顔を近づけるな。馬超・・・」 「なにを赤くなっているのだ、お前」 さっきお前がやってみせたほど急接近ではない。おまけに俺は熱をみているだけだ。やつがしたような不穏さなぞどこにも無い、れっきとした検温である。 「趙雲」 「な・・・なんだ」 なにをうろたえているのだ、こやつ。 「熱があるならさっさと寝ろ」 「寝―――・・・っ一緒に寝てくれるとか?」 「はぁ?馬鹿をいうな。赤子でもあるまいし」 ふん。さては熱で気が弱くなったか。 さしもの猛将も病には勝てぬとみえるな。 「ともかく寝ろ。はやく寝るがよいのだ」 「寝・・る寝るいわないでくれ」 「煩い。とっとと寝ろ」 ほんとにヘンなやつ。 ...07.11.22 |