午前中いっぱい行われた調練を終わらせて昼食を取り、趙雲は一度私室へと戻った。
今夜は夜間の警護につく予定なので、夕方まですこし寝ておこうと思ったのだ。
趙雲の私室は、兵舎と宮城のほぼ中間の、やや城よりにある。城と兵舎のどちらで事件があっても、すぐに駆けつけられる位置取りである。

扉を開けると小さな居間があり、その奥に寝室がある。
ガランとした居間を抜け、寝室に入る。東向きの寝室は、もう影に入っていた。
開け放った窓から風が通り抜けて、真夏の調練で焼かれた体には贅沢なほどの涼しさである。
丁寧に武装を解き、いざ寝台に横になろうとした。

が、寝具が無い。

「?」
敷布も、掛け布も。
戦場では地面の上でも眠れる趙雲は、寝具がなくても別に構わないのだが、しかし――
「ああ、趙将軍様!」
振り向くと、大汗をかいた従僕が、両手いっぱいに布を持っていた。
「間に合いませんでしたか。今日、趙将軍はお昼寝をなさるので、寝具を風にあてておいて、昼過ぎには整えておいてくれ、とのご命令でしたのに」
「蒲団を干してくれたのか。それは有り難いが――命令?そんなこと誰が命じた?」
「俺」
「・・・馬超?」
 従僕の後ろから現れたのは、誰あろう西涼の勇将、馬超孟起その人である。
 しかし馬超の顔色は悪い。げっそりと虚脱した様子である。
「どうした、馬超」
「もう・・・たまらん、暑い。暑い。暑い―――暑いわっこの国はっ!」
「夏だからな」
 馬超のたわ言に慣れている趙雲の返答はそっけない。
 その間にも従僕はせっせと働いて寝台を整え、きちんと礼をとって退室していった。
 蒲団はふかふか、敷布は清潔で、いかにも心地良さそうである。趙雲は非常に満足した。
「私は仮眠を取るから、お前に付き合ってる暇はない」
「俺も、寝る・・・」
 ずるずると馬超が、寝台に倒れこむ。糸の切れた人形、もしくは浜に打ち上げれられたクラゲのようである。 
「な、どうして私の寝台に横になる!?」
「俺の部屋は、午後から日が当たるから、暑い。・・・おお、気持ちよいな、蒲団は干したてに限る」
 敷布に頬を摺り寄せ、馬超は丸くなった。
「外で、寝ろっ!お前はいつもいつもいつも執務を抜け出しては、木陰で眠っているだろう!」
「外も・・よいが、午後は、虫が多い・・・」
 馬超はすでに安眠体勢である。 
「寝ないのか、趙雲。男と寝る趣味はないが・・・お前なら許してやってもよいぞ」
「寝言は寝て言え!私の寝台だぞ!」
「・・・・・」
 答えはなく代わりに、すぅ、という寝息。
 寝るのを、諦めようかと思う。しかし趙雲も眠い。おまけに目の前にはふかふかの蒲団・・・
 蹴り落としてやろうかと足がむずむずした。腕もちょっとそわそわする。
 馬超はくぅくぅ眠っている。
 体も態度もでかいこの巨大な邪魔者を、蹴り落としてやろうと本気で思った。
 のだが、位置的に無理なのがなんとも痛恨である。
「くっ・・・」
 腹をくくった趙雲は、寝台に上がった。




位置的に無理だった。
寝顔が可愛かったから蹴れなかったんじゃない。 

...09.08.18
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