▼小説置き場 
ふと、思うことがある。
俺の傍らでバスケをやるあいつもそう、授業を受けている時もそう、俺の家に来た時もそう。
俺の目が腐っているのだろうか、いやそうだろうな。
あいつは、光って見える。

付き合うに至ってもう3年も経つのか、と感慨深くなる。
昔は初々しかったな、と過去をさかのぼると今の熟年さに笑いたくなるものだ。
そういえば昔は、春日のことを今のように見ていなかったように思える。
純粋に一人の恋人として見ていた、だろうに。
何故今はこんなにも神々しく見えるのだろうか。
時間が経つたびに春日の価値がどんどんと重くなっていく気がする。
好きになれば好きになるほど、俺の中に春日の存在がのしかかってくる気がする。
急に肩が重くなった。階段を駆け下りると今から人の気配が全くしないことに違和感を感じる。どうやら何も言わず出かけたようだ。
冷蔵庫を開けると麦茶すら用意されてない。棚の奥のほうにパックのオレンジジュースがひとつだけあるのにため息をつく。また、オレンジジュースか。
それを無理やり掴み取ると脇の閉じられた部分を無理やり裂き飲みほした。

おはようと挨拶してくる春日が眩しすぎて目をそばめるほどになってしまった。
春日には案の定嫌な顔をされたがそれに対応するほどの余裕を俺は持ち合わせていなかった。俺の中で春日の立ち位置はなんなのだろうか、まるでそれは天使かそれもと神に位置す
るのではないか。考えれば考えるほど鳥肌が立つ。
俺と春日はクラスが違う。もちろん持つ友も違う。クラスの友人と廊下を歩いていたとき、春日は自分のクラスの友人たちと談笑していた。その笑いかける春日のほほ笑みは倫理の教科書に出てくる慈愛に満ちた聖母その者にしか見えなかった。何も見なかったことにした俺はその場から歩き去った。背中には後光が突き刺さる気がした。

「なんか、俺のこと避けてるでしょ」
部下後、二人きりの部室でそう言ってくる春日の口は、悲痛に歪んでいた。
「避けてない」
「避けてるよ、俺のこと嫌になった?何かした?」
春日は何もしていない。俺が勝手にお前を重くしているだけ、などと話しても通じないだろうと思った。春日は俺のことを心の底から愛してくれていると自負している。
だからこそ、俺の愛が春日を押しつぶす。そして春日の愛が俺の心を清めていく。
ある程度けがれていない心は俺にとってただの異物にしかならないらしい。
俺は春日の手を取った。迷わず口付けた。
がたんとロッカーに肩を押しつけると春日の顔が少し歪む。
それすらも厭わず春日が俺の体を叩くまで荒い口付けを続けた。
息を荒くして、座り込む春日を見下ろした時、俺の体にふと滾ったのは性欲じゃなかった。
罪悪感だった。
俺は誰を悲痛で歪ませた。俺は誰を苦しさで歪ませた、考えれば考えるほどに罪悪感が心につもっていく。背中は真夏にもかかわらず寒気しか起きず全身鳥肌が立ち顔には脂汗が
浮いてきた。それはもう嫌悪感でしかない。
俺は、春日を、愛しているのにもかかわらず、春日に、嫌悪した。

思わず後ずさりする俺に春日は目を見開いて悲しんだ。
「どうして、」
と呟いて両手を伸ばしてくる春日に俺は自分の両手を伸ばすことができなかった。
むしろその手を引き離そうと片手を伸ばした。
春日、すまないという言葉はただ空気として口から洩れただけ。
春日は無言で立ち上がって去っていく。追いかけてほしいと背中が語っているのを無視して俺は部室に座り込んだまま、立ち上がろうとしなかった。

愛しているはずだ。
愛しているにきまっている。
もちろん愛している。
愛されているはずだ。
愛されているにきまっている。
もちろん愛されている。
俺はあいつと同等だと思えない。
あいつは俺の存在すらも奪えるほどに美しく、神々しいとまで考えている。
あぁ、なぜあんな神の寵愛を受けてしまっているのだろうか。
きっと、他の奴から見れば何を考えているんだと嘲笑されるような精神状態だろうに、と一人で笑う俺はきっとおかしな奴だ。
春日は、美しい、美しいんだと笑ってやる。
いまだにゴミ箱に残るポスターの残骸は、今度こそ燃やしてやった。
風呂場、ライターで火をつけたときの俺の感情は楽になりたいただ一心だった。
春日を愛していて愛されているのにあいつの愛は俺にのしかかってくる。
のしかかっている、というべきか、もう包み込まれているというべきか。
だがこの苦痛すら、嬉しいと思う自分も、どこかにいる。

そのどこか、が分からないまま、俺は春日を呼び出した。
来ないだろう、来てほしくない、だが来るだろうと思った。早朝、駅のホームで階段のほうを向いて立っていると、かつかつと足音がする。
あぁ、来てしまったかと焦点を合わせると春日がおそるおそる俺のほうを見てくるのが分かった。
「何、こんな朝早くに呼び出して」
「     」
俺の返答は後ろから来た電車のクラクションによって遮られた。
え?と返す春日に俺はただ手を掴んで電車に乗せる。
「何するの、どこいくつもり」
と焦る春日に俺は両手をほほにもっていき口付けた。
もう何もしゃべれないように、何度も。

人一人いない電車の中に二人。
人一人いなかったホームの中に二人。
そして、どこに行くかもわからない電車の中で、二人。

春日のほかに神があってはならない。
あなたは神の名を気軽に口に出してはならない。
偶像を作ってはならない。
ならば、俺はお前の名を口にせず、お前と共に居ようと思う。
逃げよう、と口にした。
しゃべろうとする春日に口付けて、またしゃべれないようにした。
「許せ」
という俺は誰に許しを乞うているのか、もちろん神にだが。
「偶像である十戒にすでに縛られている、哀れな俺を許せ」
そう呟いた俺は、まだ何も理解できていない春日を席に残し反対側のちょうど春日の正面に座って言う。

「逃げよう」
どこまでも遠く。
俺の心が軽くなるまで。
2010/10/8(Fri) 00:34
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