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「・・・し・・・んか?」
彼女は突然の彼の発言に対応出来なかった。
「そう、人は進化する。進化なんて簡単だったんだ。僕が作った薬を使えばね。」
「・・・・・・・・・・薬を飲むだけで進化なんて出来るのですか?」
「出来るさ。もう実験済みさ。ただ、人間にはまだ飲ませていないけど・・・」
彼は自身満々に答える。
そして、彼は彼女に向きあい言う。
「君、僕と一緒に進化してみないかい?進化したらこの世界でも生きていける。」
彼女は少し考える振りをして答える。
実際には考えていない。
彼女の答えは決まっていた。
「すみませんが私は今のままでいいです。」
彼は少し残念そうな顔をするがすぐに希望溢れる顔になって彼女に言う。
「なら、せめて僕の進化する歴史的瞬間を見ていてくれ。」
「わかりました。その歴史的瞬間を記録させてもらいます。」
二人は町外れにある彼の家に行った。
彼の家は研究室とリビングが融合したようななんとも変な家だった。
彼は部屋の奥へ行き彼女に小瓶を見せた。
そのなかには多くの錠剤が入れてあった。
「この中には百錠の進化するための薬が入っている。一錠飲むだけで進化する事が出来る。
ただ、この百錠の中に一錠だけハズレが入っている。」
「・・・・ハズレですか?」
「そう、ハズレだ。ハズレを飲むと何が起こるか解らない。」
「どうして、ハズレなんて入れたのですか?それにもし自分が飲んだらどうするのです?」
「スリルさ・・・・何が起こるか解らない。人間というモノは常にスリルを求める。
まぁ、だけど百分の一の確率だからハズレを引く事はまず無いさ。」
「・・・・・・・そうですか。」
彼は小瓶から一錠の薬を手のひらに出した。
彼はその手を頭の上に掲げて言う。
「長かった。今まで幾度と無く失敗を繰り返してきたがようやくこの時が来た。
これを世に広め人類死滅の危機を救い僕はこの世界の英雄となる。」
彼は彼女の瞳を見つめ言う。
「さぁ、その瞳で見ていてくれ。歴史的瞬間を!」
そう言い彼は薬を口に入れ飲み込む。
彼は進化していく。
それは、進化と呼べるのか解らないが意味合い的には確かに進化なのだろう。
彼女は瞬き一つせずに彼の進化していく様を見つめている。
歴史的瞬間を未来の支配者に知ってもらう為に・・・・
彼の進化は無事終了した。
彼は誇らしげに言う。
「どうだい、素晴らしいだろう。」
彼女は黙って彼を見る。
「どうしたんだい?まぁいい僕も自分の進化した姿を見てみるとするか。」
そう言い彼は鏡で自分の姿を見る。
しばらく静寂の時が流れた。
そして、彼が呟く。
「・・・・ん・・だ。・・・・・・何だ。この姿は!!」
そこに映っていたソレは青いゲル状のモノに大きな目に目の横には縦に口があって
本来なら頭がくるはずであろう場所には腕が生えていて足は存在しない。
ゲームに出てくるスライムをグロテスクなモノにした様な姿と言った方が解りやすいだろう。
「一体どうして・・・・・ぁぅ・・・・あぁう・・うぁぁぁぁぁあああ!!」
彼女は彼の姿をただただ見る。
「・・・・・何を見ている?・・・・そんなに哀れか?惨めか?・・・・・お前ぇぇぇえ!」
彼は凄まじい速さで彼女に体当たりしてきた。
彼の速さに対応できず彼女は壁に叩きつけられた。
彼女は小さな呻きをもらし倒れた。
彼はそのまま彼女の上に乗って薬を取り出して血走った大きい目で彼女を見て言う。
「お前も僕と一緒に進化するんだ。」
「・・・・・・・っ。」
彼女は抵抗するも進化した彼の姿には敵わない。
彼は一錠薬を取り出すと彼女の口に無理矢理その薬を入れた。

ゴクンッ

彼女の喉がなった。
飲んだ。
飲んでしまった。
「っ・・・けほっけほっ!」
彼女は必死に吐き出そうとするが出てこない。
そして、彼女は進化・・・・・・しなかった。
「・・・・・どうして?」
苦しそうに彼女は疑問を口にした。
「・・・はっ・・・・・はははっ!ははははははははははははっ!!」
彼は全てを理解して笑った。
「ハズレだよ。・・・・・何が起こるか解らないってことは何も起こらないかも知れないって事だ。
ははははっ!あーははははっはっ!!君は運が良い!!」
彼は笑った。
一つきりの大きな目からは涙が溢れている。
「・・・・・・・・・・殺してくれ」
彼は笑いやんだかと思うと一言そう呟いた。
「世の人に発表はしないのですか?」
「発表して何になる?こんな化物誰が相手にする!」
彼はボロボロと涙をこぼして懇願する。
「頼む・・・殺してくれ。その引き出しの中に銃が入っている。」
そういって彼は彼女の後ろの引き出しを指差した。
「・・・・・・・・・・・・・嫌です。」
彼女は小さな声でだけどキッパリと答えた。
「何故だ!!何故殺してくれない!!」
彼は吼えた。
そんな、彼を彼女はまっすぐ見つめ答える。
「・・・・・・私は人殺しはしたくありません。」
彼はその言葉を感じて言う。
「・・・・・・・出て行ってくれ。」
「・・・・はい。」
彼女はただそれだけを言って彼の家を出た。

家には彼一人が残った。
「人殺しはしたくない・・か。・・・・・・・・ありがとう。」
彼は引き出しから銃を取り出す。
「こんな私を人と呼んでくれる優しい人・・・最後に貴女に会えて良かった。」
銃を頭にあてる。
「そういえば・・・・名前聞いてないな。」
引き金を引く。
辺りに乾いた音が響き渡る。
彼から赤い血が流れる。
彼は消えて逝く意識の中でその血を見た。
「・・ははっ・・・・赤いや。・・・・・・・・良かっ・・・・・た。」
そして、彼の世界は閉ざされた。

彼の家を後にした彼女は後ろの方から響いた乾いた音を聞いた。
彼女は音がした方に振り向く。
そこには彼の家がある。
その音を聞いた近所の人々が彼の家に集まってくる。
彼の姿を見て近所の人々は
「何だ!?この化物は!!」
「なにコレ気持ち悪い!」
「あぁ、こんな化物が出てくるなんてもうこの世界も終わりよ!」
彼等は口々に言う。
そこに確かに存在した彼はもういない。
彼女は一言呟いた。
「・・・・・さようなら。」

彼女のメモには彼とのやりとりが事細かに記されていた。

そして、彼女は歩き始めた。

夕日が彼女の影を伸ばす。

次の町は遠い。

(完)
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