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そして、夜。
彼は夢を見ること無く目覚めた。
外に見える景色は薄白く霞んでいた。
白夜だった。
不思議な感じがする。
薄白く霞む世界が全てを幻に変えているかのようだった。
まだ、夢を見ているのかと彼は目をこする。
ありきたりだが頬をつねったりもしてみた。
その結果、そこは現実・・・らしい。
だけど、その世界はただの現実では無い。
夢と現実が溶け合って一つになったような世界。
そんな世界が今の彼の目に映し出された現実。
しかし、そんな景色に驚いたのも一瞬。
彼はすぐに興味を無くし目を閉じる。
彼女がいないと意味が無い。
その世界がいくら美しかろうと彼女のいない世界には興味が無い。

ジャリ

誰かが牢獄の外に来た。
ここに来てから人なんて見ていない。
彼はかすかな興味を示し瞳を開ける。

そこには彼女がいた。
昔、夢で見た姿と全く一緒。
白い彼女。
夢のような景色にあり更に夢のような雰囲気をかもしだす。
彼女は彼を見て微笑んだ。

「あのっ!」

彼は考えるより先に声を出していた。
後に続く言葉も無い。
ただ、彼女に自分の声を聞いて欲しかった。

「なぁに?」

優しく透き通る声が答えた。
その時彼は初めて彼女の声を聞いた。
彼は彼女の美しい声を耳の奥に入れる。
すると何故だか涙が溢れてきた。

「どうして泣くの?」

彼女は彼に問う。
彼は答える。

「・・えた。・・・・会えた。・・・声・・聞けたから。・・・嬉しいから。」

彼は、嗚咽まじりの声で答えた。

「・・・・ありがとう。」

彼女はただ一言礼を言う。
どういう理由での礼かは解らない。
そして、しばらく無言の時が続いた。
彼と彼女の間にはまるで時間は流れていないかのように感じられた。
どちらも何も話さない。
全てが夢のような中流れる涙の熱さだけが現実を感じさせる。
静寂を破ったのは彼の方だった。

「・・・・何処にも・・・行かないで下さい。」

彼の口からは、何故かそんな言葉がでた。
彼女は動くそぶりすら見せていないのに彼は不安に駆られた。
行ってしまうのではないか?
何処か遠くへ・・・・
それが、とても怖くてとても不安で彼の胸を締め付ける。

「・・・ごめんなさい。」

彼女はそれだけを答えた。

「・・・なら!連れて行ってください。・・・何処までも着いて行かせて下さい!」
「・・・・・いいの?・・もう、ここには戻って来られないわよ。」
「・・はい、こんな場所・・戻ってくる意味も無いです。」
「・・・・・・・そう。」

最後に一言答えた後、彼女は微笑んだ。
それが彼にはどこか悲しそうに見えた。

彼は立ち上がり扉の前に行く。
鉄格子の扉に手をあてる。
すると扉は音を立てて開く。

彼はそれを不思議と思わず。
外に出る。
彼女がすぐ隣にいる。
彼女が手を差し伸べた。
彼は顔を赤くして彼女の手をとる。

「・・・・行きましょうか。」
「はい!」

彼と彼女は牢獄を背に歩き出す。
行き先は無い。
ただ、二人だけの世界へ・・・・

夜。
いつもと同じ夜。
見慣れた群青色の闇が世界を覆う。
雲の隙間からの幽かな月明かりが牢獄を照らす。

灰色のコンクリートの壁。
縦に並んだ鉄格子。
がらんどうの牢獄。

吐き出された現実に彼はいない・・・

(完)
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