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燃え盛る。
何もかもが燃え盛る。
天の色に映える赤、紅、茜。
京の錦よりもなお映え輝く錦の山すそ。
この静かな炎のように、憎し彼の方の都も燃えればよい。
燃えて燃えて焦がれて焦がれて。
私の身が灰になろうとも、内に燻る熱い炎は消えてはくれぬ……


秘める鬼


「くーれーはー、待ってよう。」
カサカサと落ち葉を踏みしめ紅葉の手足を動かして、茜色のトンネルを潜る小さな影。
その影を追いすがるように、黄金色の光はよちよちと歩きにくい落ち葉の道をひた歩く。
前を歩いていた影は小さな黄金の光の為に立ち止まる。
「たつま。」
「くれは早いよう。」
「たつま、もう少しだから。」
「じゃあ手をつないでよ。くれは歩くの速いから僕置いてかれちゃうもん。」
そう言いながら、龍麻は小さな手を躊躇いもなく紅葉に差し出す。
「……うん。」
紅葉は差し出された手をおずおずと、ほんのりと頬を紅に染めて繋いだ。
そこからは一つの影となって再び茜のトンネルを通り山頂へと目指す。
「たつま、紅葉姫の伝説を知ってる?」
「くれはひめ?くれはのこと?」
その言葉に紅葉は苦笑しながら頭を振る。
「違うよ。姫は女の人の事だろ?僕は男だよ。僕と同じ名前のお姫様のお話。」
お話、と聞いて龍麻は目を輝かせて紅葉を見た。
龍麻は紅葉の「お話」が大好きなのだ。
「お話?!聞きたい!聞きたいくれは!!」
龍麻のその顔を見て、紅葉の普段鋭い光を宿す両目がやんわりと微笑んだ。
「いいよ。あのね、このお山にはね、昔紅葉っていうお姫様が住んでいたんだ。お姫様はもともとこの土地の人じゃなくて都のえらい人に仕えていた人だったんだ。そのエライ人が紅葉姫のことを好きになって、紅葉姫もその人のことが大好きになったんだ。」
「じゃあくれはみたいにキレイな人だったんだ。」
「たつまの方がキレイだよ。」
「ちがうよ、くれはの方がキレイなのッ!」
龍麻は立ち止まり上目遣いに紅葉を見る、口をへの口にまげて。
こんな表情をしたら、龍麻は梃子でも動かない。
それを知っている紅葉は苦笑して「わかったよ。」と言うと、話を再開した。
「だけど紅葉姫には不思議な力があって、そのエライ人も段々とその力が怖くなったんだ。だから紅葉姫を都から追い出したんだ。」
「ひどい。」
泣きそうになる龍麻の頬を、なぐさめるように紅葉はやんわりと包んだ。
「うん。でね、紅葉姫もそのひどい仕打ちに怒って、京を攻め滅ぼそうとしたんだ。好きなのに、大好きなのに裏切られて…。だから鬼になってその人を滅ぼそうとしたんだ。」
「おに?鬼って角が生えてる?」
「うん。角だって、牙だってあったかもしれないね。憎くて憎くて、でも大好きで……」
いつの間にか、龍麻の目から涙が溢れていた。
「かわいそうだよ。大好きなのに裏切られちゃうなんて……。でも大好きなのに殺そうとするの、よく分からないけど、わかんないけどかわいそう……。」
「うん、そうだね。」

でも、僕にはその紅葉姫のことがちょっとだけ分かる。

「だからたつまも、僕を裏切らないでね。たつまが僕を置いて離れちゃうと、僕も鬼になっちゃうんだ。」
紅葉の言葉を聞いて龍麻は大きく目を見開いた。
「何で?何でぼくがくれはから離れるの?絶対にそんなことしないよ。だってくれは僕のものだから。」
「うん。」
「だからぼくもくれはのものなんだ。だからくれはも離れないでね。」
その言葉を受けて、紅葉は龍麻の花のような唇に自分の唇を寄せた。
「もちろん。僕はたつまのものだもの。だからたつまも僕が鬼にならないようにしてね……。」


生い茂る赤という紅
その燃え盛る炎の中で交わされた小さな、小さな約束。

その約束を、どこでか紅の鬼があざけ笑っている。
それは山の伝説。




※壬生と龍麻幼馴染編
壬生の誕生日祝いに書いたのに何故か季節は秋。
「鬼女紅葉」は長野県戸隠の伝説です。諸説様々あるので調べてみると面白いです。
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