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あー、上条さんの言ってた足りないモノが俺のこーゆーところだったらどうしようもないなあ。でも俺がこだわるのは音だけ。他のものなんて興味は皆無。あー、まあ、上条さんだけはどうしてもムカつくけど。そういう意味なら音楽以外で初めてこだわったもの……じゃなくて人、が上条さんと言えるのか?……なんか面白くないな。俺の歌、観察して分析してるようなヤツなのに。理不尽だ。そんな気持ち抱えてるから、どうしても上条さんを見る眼つきは悪くなる。っていうか今も睨んでる。上条さんは気にもしてないけどね。それがまたムカつく悪循環。おおっといけない。喧嘩腰にならない睨まない歩み寄るって俺自分で決めたばっかりじゃん。
「メシ……っておごり?」
散らばった譜面とか手早く片付けながら、ちらっと上条さんを見上げてみた。今までメシの誘いなんて断ってばかりだったから、上条さんも「おや?」って顔して俺を見たけど。すぐにちょっと嬉しそうににやっとしてさ。まーいいんだ、上条さんが嬉しかろうと何だろうと。上条さんのこと、睨んでばかりいないでもうちょっと歩み寄って俺らのバンドに足りない所わかったかどうか聞いてみてもいいって決めたの俺だし。深呼吸、する。睨まない、喧嘩売らない、ちゃんと上条さんの意見聞く。よっし、頑張れ俺!
「ああもちろん……ってソーヤしかいねえのか今日は。クマとかヤスとかはどーした?」
「一之瀬はどうしてもバイト外せなくて。クマちゃんはなんだったかな?あ、ヤスさんは体調不良。あの人喘息持ちだから。だから俺は練習して曲作ってってまあそんな感じ」
でもやっぱりみんながいたら、上条さんの誘いなんか断ってたかもしれないなってちらっと思いながら、ベースを丁寧にケースに仕舞う。特に弦とフレットの間にちゃんとクロスを挟むことだけは忘れない。ケースを背負って歩いたり、車に積んだりするとさ、すぐにフレットと弦が擦れちまうから注意が必要。フレットはギターやベースにとってすげえ重要な部分だから、酷く傷めるとフレットの打ち換えっていう哀しい羽目になる。大事な楽器は丁寧に、基本中の基本だし。身支度整えてケースを背負って。ちょっと居心地悪いっていうかまだちょっとしっくりいかない気分があるけどそれでも俺と上条さんは一緒にライブハウスを後にした。


で、連れて行ってもらったのは上条さんが常連だっていう……なんか、すげえ店。俺一人だったらこんな店絶対に入らない。つか入れないよ。いかにも肉体労働ガテン系ってカンジの実用的筋肉をお持ちのおっさんとかラグビーとかアメフトとかやってんじゃないのってカンジの皆さまが、がっつがっつメシかっ喰らってるっていうような、定食屋さん。安い・多い・うまいの三拍子そろってるんだろうけど、さ。ホントこれ食べきれるのかってカンジのすっごい量。カウンター席に一人で座っているおっちゃんが注文したらしきそのご飯には、でっかい丼に溢れんばかりの肉が乗ってる。……あの、離れた場所に立っていてもニンニク臭がキツイんだけど。おっちゃんはその丼の上に生卵をぶっかけて、肉とかき混ぜてモリモリ食していらっしゃいます。そんでもってこれまた具だくさんのお味噌汁にジョッキのビールがついて、そんなジョッキなんて軽々と持ち上げて、ぐわっと喉の奥までそのビール流し込んでいらっしゃいますし。……すげえ、しか、言葉がない。ええと、そのお隣さんの注文は?え?レバニラ炒めにミニかき揚げ丼?それ既にサイズがミニじゃないって突っ込み入れたくなるような、感じ。だってかき揚げ、どんぶりからはみ出してるんだよ、どこがミニサイズ?……まあ、こういうところに上条さんは似合うけどね。この人絶対学生時代はそーゆー系だったんだろうなあ。背は高いし身体もごっついし、態度も結構乱雑。でも姿勢すごい良いんだよね。背筋、びしっと伸びてるし。聞いてみたら小中高校大学までずっと運動部で、この店も大学の時の先輩とかに連れてきてもらったらしい。大学どこって聞いたら体育大学だってさ。……似合いすぎて笑った。なのになんで音楽業界なんかで働いてるんだろうなあ、変なの。疑問、だったから聞いてみたら「ああ、それはな……」って簡単に教えてくれた。
大学一年の時に、どっかのバンドのコンサート、興味なんか無かったのに友達に無理矢理連れていかれて、それ聞いて、どっかんて爆発するみたいなショック受けて、そのままそのバンドに突進したんだってさ。雑用でも何でもいいからそのバンドの近くで働かせてくれって。せっかく入った大学もそのまま辞めちゃったんだって。たまたまローディ足りなかったらしいそのバンドの下っ端として駆けずり回って東奔西走。そんなことしているうちに、下っ端ローディの上条さんは、とんとん拍子にそのバンドのマネージャーまでに上り詰めちゃって。そんでそのバンドが解散しちゃった後はとある大手の音楽事務所に拾ってもらって、そこでどかどかいろんなCD売って、女優だのモデルだのを世の中に輩出して。スゴ腕新人発掘人なんて言われるようになった頃に、とある芸能事務所の社長と出会ってヘッドハンティングされて今に至る。
……うーん、行き当たりばったりっていうかすごいっていうのか。そんな話聞きながらおれは注文したおでん食べてビール飲んだ。この店の定食も丼物も絶対に俺、完食なんて出来そうもない。一番量が控えめそうなのっていったらおでんだった。ジャガイモの煮っ転がしとだったら少量かなそれなら食べられるかなって思ったんだけど……、ジャガイモ大量すぎ。これまたどんぶりに山盛りだったんで止めた。まあ、このおでんも量が半端じゃないんだけど……。う、ってちょっとひきつったらお店のおばちゃんが「おにーちゃんしっかり食べないからちっさこいんだよ」って大口開けて怒鳴ってくるし。あの、俺、これでも身長177センチ、あるんだよ?これでちっさい?俺、小さいなんて初めて言われた。細身、かもしれないけど重たいベース抱えてステージこなせる程度の筋肉はあるんだよ?……まあ、肉体労働のおっさんたちのごっつさと比べられたら、そりゃあ細いかもしれないけどさあ。でもおばちゃんはすごい笑顔で上条さんを指さして「こっちのおにーちゃんみたいにしっかり食って大きくなんなよ」ってお味噌汁とおにぎりオマケしてくれた。イイ人だなあ……。
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