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「あー……」って声出したら、その声がめちゃめちゃ掠れてた。喘ぎすぎ。ちょっと照れるというかまあえーと。
発情衝動、ある程度収まって、とりあえず喉潤さなきゃってくらい理性が戻ってきたんだけど。
「とりあえず、ソーヤ、服着とけ」
「……腰痛い。腕も上がらないんですけど」
「まあ、手加減しなかったからな。しかもここの床硬いからな。オレの膝にもダメージが」
「……やっぱ、上条さんの家まで我慢するべきだったかな」
いや無理だったろうけどとか思ったら、上条さんが薄く笑った。
「オレが、もたなかったからな」
えーと、したくてたまらなかったの俺だけじゃなくて、そうか、上条さんもか。
なんかちょっと嬉しかったりして。
へへへとか笑っていたら、「いいから着ろ。目の毒だ」って俺の服投げられた。
着せてーとか甘えてみたらどうかなとかちらと思ったりなんかして。……俺の思考、恥ずかしいなっ!
いいじゃんか、もう俺達ほらあれだ、いわゆる恋人同士ってヤツだろうとか思いながらもとりあえずなんとか痛む腰なだめながら下着とか穿いていたら。
……上条さんはとっととさっさと自分の分だけ服を着て、とっととさっさとケイタイなんか取りだしてどっかに電話かけてるし。
あの……さ。やることやってすぐに俺の目の前でどっかべつの誰かに電話ってちょっとそれムカついていい?怒鳴るくらいしていいよね。べっつにした後は腕枕でいちゃいちゃだらだらしたいとか無茶言うわけじゃないんだからさ。着替え終わる間くらい、ううん、俺と一緒にいる時ぐらいっていうか、した直後に別の誰かに電話とかやめて欲しいんだけどとかとかね、俺がマジで怒鳴る前に、その電話の相手が怒鳴って来た。
『上条っ!テメエっ!また寝坊かよっ!遅刻だ遅刻っつうか今どこだよお前っ!』
「あー、すまん。ちっと事情があって、そっちまだ向かってねえ……」
『引継ぎの打ち合わせ、今日するっつったのテメエだろうがっ!』
「あー、すまん」
『時間にルーズな音楽裏業界、とはいえ三時間も待ってんだぞっ!』
「いやだから、悪い……」
聞き覚えのある声が。しかも引継ぎってことは……関口さんか。
『もう羽鳥の仕事の予定入ってから今日は打ち合わせ無理だからなっ!明日っ!時間取れよっ!そんで飯くらいおごりやがれじゃあなっ!』
って、電話は切れた。
切れたけど。
「えーと、上条さん?」
「あー、聞こえたよな?」
「うん……関口さんと、打ち合わせって……」
「言っただろ、今度からお前らのマネは関口になるって」
聞いたけど聞いたけど……あれって、上条さんが俺から離れる口実とかじゃなくてマジだったですかっ!
顔面蒼白。
これからプライベートも仕事でも、上条さんと一緒に居られるとか甘い夢見てたのに。
気持通じて蜜月期間とか浮かれる間もなく物理的にサヨーナラ?
「ちょ、っと待ってよ上条さん。離れる必要なんてもうないだろっ!俺と、そのもう……一緒にいられるものだとばっかり思ってたのに」
そりゃあ、俺も勝手に甘い夢見てたのかもしれないけど。
気持ちが通じあったんだから、マネージャー、上条さんが継続してくれてもいいのに……。
とか文句言いたい言いたいんだけど。上条さんはきっぱりというんだよ。「仕事は仕事、プライベートはプライベート」とかさー。
「お前らバンド、軌道に乗せていくには関口のほうが適任だと前にも言ったと思うんだが。オレの得意なのは新人発掘で、それから先はいつも関口に引き渡してきたからな」
そうかもしれないけど、そうなんだろうけど。
新人発掘。
新しい才能の持ち主を、上条さんは探す。
さああああああああと、俺の顔が更に三倍くらい青ざめたのも仕方がないだろう。
上条さんは才能に惚れる人。
俺以上の新人とか発掘しちゃって、そっちに気持ちが行っちまわないとも限らない。
これ以上ないくらい、青ざめる。
さっきまでにふわふわした甘い思考なんて一気に吹っ飛んだ。
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