▼龍笛
「ふられたよ〜」

真夏は少し驚いて、隣をみやった。

寮の自室だった。ルームメイトはクラスの打ち上げに出ていて、まだ帰っていない。

彼は一人、風呂あがりのスポーツドリンクを飲みながら窓の外をながめていた。文化祭2日目の今日は、本当に色々あり、体にもほろ苦い疲れが残っていた。

真澄がまだ帰らずに、学園をふらふらしていることは、なんとなく感じていた。いつのまにかこちらに遊びにきたらしい。
驚いたのは、その発言にだ。

「…」

ちょっと無言でみつめてみる。
と、真澄がへらっと笑った。

「いーじゃん、たまには男同士の話をしようよ〜」

相変わらず真澄はへらへらしている。平気で真響の真似をしたり、好んで女装をしてみたりもする。もともと中性的なのだ。けれどごく最近、少し男っぽくなったような気もしていた。

「…鈴原さんか?」

「うんそう。泉水子ちゃんって、シンコウのことで頭がいっぱいなんだもん。」

(泉水子ちゃん…)
真夏が鈴原さんの名前を呼んだ時に、深行が浮かべた顔が思い浮かんだ。はっとした、苦々しい顔だ。

あの2人は、例えどんなに当事者同士が否定しようと、強く惹かれあっているように思える。お互い、案外素直じゃないのだ。

そして真澄が本気で鈴原さんを好きなんだろうということも、今日知ってしまった。この間までは人としての「好き」すら曖昧だったようなのに。こいつは、いつのまに彼女をみつけてしまったのだろうと思った。それが厳密に「恋」なのか、はっきりしないとしても。

「でもまー、嫌われたって訳でもないし。簡単には諦めないけどね。」

言って真澄は笑った。不敵というより、どこまでも純粋な笑顔だった。

「…あんまり先に行くなよ、兄弟」

ようやっと真夏も笑えた。
うん、と真澄も答える。


「で真夏の好きなこは?」

一瞬息が止まった。

「なんだよ、やぶからぼうに」

これまで真澄とは一向にしてこなかった、話の方向性だ。

「真響」

また息がとまりそうになって、ぎこちなく真澄の方へ顔を向ける。真澄はまた違った、透明な眼差しでまっすぐ見ていた。

「わかってるだろ、真響とズレが出てきていること。それがなんなのかってこと。」

「…」

何も言えなかった。どうせ感じとっている、お互いに。

「ねぇ真夏」

真澄は少しやわらかい眼差しになった。

「有名な神話の神様も三つ子だよね?天照•月読•素戔鳴だっけ」

「…」

「知ってた?弟の素戔嗚尊は、姉の天照大神が欲しかったんだって。それで暴走したんだよ」

まばたきする間に、真澄はいなくなっていた。もう気配もない。

「…なんだよ、自分だけさっさと大人になるなよな」

真夏は裏切られたような気分で、ひとりごちた。

さっきのたとえは、あながち間違ってもいないような気がした。…逆ではあるような気がしたが。そしてふと、その神話が本当だったとしたら、真ん中の月読命は、2人の姉弟をどう思っていたのだろうと、思った。
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