▼鉦
私を好きになってくれる人がいたら、付き合ってみるね。

「…っていってたのに。」

真響が泉水子の背中をつっついた。

「どうして真澄をふっちゃったの?泉水子ちゃん?」

泉水子は文字通りとびあがった。真っ赤になって狼狽える。

2人は女子寮のシャワールームにいた。寝ていた泉水子は知らなかったが、その後学園祭は盛り上って終わったらしい。

あちこち打ち上げに引っ張りだこだった真響と、遅くまで寝込んでいた泉水子は、丁度連れ立ってシャワーを浴びにきていた。いつもは朝浴びるのだが、今日は埃と汗で少しべたついていた。軽く体だけでも流そうと思って来たら、時間ギリギリのせいか貸切状態だった。

「えっと、その…別にふったわけでは…」

正直、真澄がどこまでの気持ちをもって、泉水子に「好き」と言ったのか、定かではなかった。真澄は泉水子のことを食べたいと言っていたし、そもそもあのまま申し込みを受けていたとしたら、それは人としての死を意味していた。

(それでも…)

少しでも後ろめたい気持ちになってしまうのは、あの後ずっと思い浮かぶのが、深行のことばかりだからだ。忘れたくても、忘れられるものではなかった。

彼が言ってくれたのは、ずっと欲しい言葉だった。頭をなでてくれた手も、抱きしめてくれた腕も、体温も。思い出したら泣いてしまいそうだった。

何も解決したわけじゃない。でも生きていけるかもしれないと思った。そう思えるだけの、一筋の光がさした。

(私の答えは…)

黙りこんでしまった泉水子を、真響はしばらくみていた。そしてぼそっと、

「…また、百面相してるよ?」

「えっ!?」

はっと顔を隠した泉水子の、顔がますます赤くなる。

真響は肩をすくめて、

「わかった。真澄のことは、そういうことにしておこうか」

真澄と似た顔で苦笑した。泉水子はほっとしつつも、すまなく思った。特別なつながりのある三つ子のことだ。大体の事情は伝わってしまっているのだろう…多分真夏にも。少し気が重い。

真響の方も、泉水子の神楽舞にふれようとはしなかった。ネットですでに泉水子の写真が大騒ぎになっていることも、自分が泉水子を大きく巻こんだのかもしれないことに、少なからず落ち込んでいることも。この小さい、特別な友人が、真響にとっても思いのほかに大切だった。今はまだ触れない…ただ。

「それにしても今日の相楽、かっこよかったよね〜」

今度こそ、泉水子の顔が真っ赤になった。ボンッという音がきこえてくるようだ。

「2人の間に何があったのか、教えてくれるよね〜♫」

「ま、真響さん〜!??本気で面白がっているでしょう!?」

かわいい友人をからかいながら、自分の恋を思った。相楽は踏ん張り、結果として一歩前進したのかもしれない。自分は、やはり負けてるなー…と思いながら。でも少しの光を見るような気がした。
スポンサード リンク