▼深淵
「今だにそんな覚悟もないのか。つくづく小性としても失格だな」雪政の声が聞こえた気がして、はっとした。
なんでこんな時にあいつなんだ。
自分で自分が憎らしい。
野々宮さんは言っていた。今日が彼女の目覚めの日になる可能性が高い、と。
姫神は俺に言った。
「そなたには頼みたいことがある。
お願い、私を生じさせないで。」
それは…
「泉水子に姫神を憑依させないで」
という意味ではないのではないか?
考えてみれば、姫神はちょくちょく泉水子の体に遊びにきていた。八王子城の時などは、動き回れることがうれしくてしかたがない、といった風情で。
そうではなく…そもそも
「私を姫神にしないで」
という意味なのだとしたら。
「私は心から助けを必要としていた。
私を理解し、助けとなってくれる人を」
これは、姫神の願いだ。
遠い過去の、近い未来の
泉水子の願い。
深行は鉛のように重くなった腕を持ち上げた。
今、ここで。
彼女をつかまえなくては。
とりかえしがつかなくなる。
もう二度と会えなくなる。
渾身の力をこめて、
通話ボタンを押した。
いいから、つながれ!
泉水子!