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久方ぶりにシャアとセイラは連れ立って街へ買物に来ていた。
買うのは勿論セイラで、シャアは大荷物になることを想定しての、謂わば<荷物持ち>だ。
食料品から生活雑貨、家具にまで及ぶ今日の買物に、シャアは必要不可欠の存在だった。



「アルテイシア。まだあるのか」
「ええ、まだまだよ。疲れた?」


即座に返答を寄越す妹に、荷物持ちの兄は憮然と呟く。


「…女性の買物に喜んで付き合う男の気がしれん」


振り返れば、両腕に抱えた荷物で手一杯のシャアがいる。
あのシャアを、ここまで扱き使えるのは、宇宙広しといえどセイラしかいないだろう。
兄もまた妹に(というか懐にいれた者には)とんでもなく甘い男だったので、文句を言いながらも付き合っているのである。
長い確執の末、漸く人並みに穏やかで温かな生活を手に入れた今、この状況を楽しんでいる自分がいるのも、また事実だった。



「ま、失礼だこと。でもいいわ、あと見るものは家具と食料品だけだし、お茶にしましょうか」
「…何?これから更にでかいものを買うのか?」
「そう嫌そうな声をだすものじゃなくてよ、兄さん。アムロの部屋に置くものと、貴方の<娘>に必要なものだから我慢なさって」
「……譲歩しよう。その代り」


シャアはずり下がった紙袋を持ち直した。


「何かしら」
「お茶でなく食事にしてくれんか。いくら私でも保たん」
「あら、もうそんな時間?ごめんなさいね、すっかり熱中してしまったわ」
「…お前、態とではないのか?」


コロコロと楽しそうに笑うセイラを横目で眺めたシャアは、この次はアムロもつきあわせよう、と固く決心し、そっと溜息をついた。
二人は通りに面した洒落たカフェに入った。
こじんまりとしているが、明るく落ち着いた内装と雰囲気は、シャアとセイラの気に入った。
板張りの床はピカピカに磨かれ、テーブルには薄いレモンイエローのクロスが掛けられ、其々に季節の花が1輪生けられている。
さり気無くも手の込んだ佇まい同様、応対に出たギャルソンの態度も気持ちのよいものだった。
ギャルソンがオーダーと引き換えに置いていったレモンウォーターを、シャアは一息で飲み干すと満足気な息を吐く。
乾いた喉にレモンの爽やかな酸味と香りが、殊更疲れを癒してくれるように思えた。
セイラが向い側の席で呆れている。



「そんなに喉が渇いたのなら、早く言えば宜しいでしょ?子供じゃないのだから」
「よく言う。私を従えたまま、馬車馬のように店を回っていたのはどこのどなたかね?私には、アルテイシアというじゃじゃ馬に見えたが」
「何とでも仰って。他にも沢山見るものがあるとしたら、どんな女性でも同じ行動をとるものよ」
「そうかね」
「ええ。そんなに生活感の無い…いえ、言うだけ無駄だわ。でもね、これが<使用人のいない一般家庭の生活>なのよ。今迄無縁だったから楽しいものでしょう?」


意味ありげな薄青の瞳がシャアを射抜く。
(私達は確かに命の危険がある生活だったけれど、それでも恵まれすぎていたの)
セイラの伝えたかった言葉が、沈黙と共に空間を流れてきた。




「ああ…そうだな。こういうのも、悪くは無い」
「誰かの為に食事を作って、誰かの為に部屋を整えて…でもそれは相手の為だけではなく、自分を生かす為でもあるの。
そうやって支え合って生きているんだわ、人って。素敵だと思わなくて?」
(これからは、大義名分の為に生きなくてもいいのよ、兄さん)


そう言って、セイラは兄に優しい笑顔を向けた。

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