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セイラの言葉の裏を正確に読んだシャアは、視線をテーブルに落とすと目を閉じて「ああ」、と頷いた。
(その通りだアルテイシア。大切な者の為に生きることがこんなにも楽しいとは。意識を変えただけで見える世界も違うようだよ)
微笑を浮かべたシャアだったが、ふと気配を感じて窓越しに通りを見遣った。
そこには、脇に書類の束を抱え、同僚らしい男と連れ立って歩くアムロがいた。
取引先に電話でもしてるのかもしれないその様子は、忙しそうで声を掛けるのが憚られる雰囲気がある。
軍に居た時と違って、纏う覇気が明るく暖かい。
あの鬱屈して暗く沈みこんだような冷たさや、怒りのままに吹き上がる、フレアのような灼熱の熱さもない。
その両方を向けられたシャアには、アムロの変化が手に取るように解り、且つ嬉しくもあった。
恐らくアムロも、こちらの気配を感じ取ったことだろう。
だがシャアは動かなかった。
アムロが仕事中に、余計な邪魔をする気はない。
今週末の引越しの為に、今は片付ける仕事が山積みなのだと言っていたから。
視界から消えたアムロに、心の中でエールを送ると、シャアはセイラを見た。

兄の視線に気付いて「どうかして?」と小首を傾げる。
アムロに言わせればシャアと同じクセだというそれが、セイラを一瞬、幼かったアルテイシアに見せていた。
父と母の居た頃の、まだ小さなアルテイシア。
『どうしたの?お兄ちゃん』
手の届かない遥かな過去を、全て失くさずに済んだのは、誰のお陰だったか…



「兄さん?」
「…何でもない。お前は昔から変わらないな」
「?」
「願わくばずっとそのままで」


(そのままずっと私を兄と呼んでいてほしい)
家族の居ない生活はもう耐えられないだろうから、とは口に出さず、シャアは妹を見つめて微笑った。


「変な兄さん。そんなにお疲れになったのかしら」
「そうかもしれんな」

「お待たせ致しました」


ギャルソンがオーダーした料理を運んできた。
テーブルに並べられた焼きたてのパンと、暖かい料理の匂いが食欲をそそる。
今にも腹の虫が鳴きそうだった。



「では戴こうか」
「ええ」


元々、そう口数の多い兄妹ではないので、家での食事も割合静かなものだ。
けれど気拙さはない。
時折交わす短い会話。
その静かな食卓が、今週末から一気に賑やかで明るい雰囲気に変わるのだろう。
アムロが二人の住む家に越すことを承知して、一番喜んだのはシャアだった(とセイラは見抜いている)。
無口なシャアもアムロ相手だと饒舌になる。
セイラも、アムロを最早他人とは思えずに居た。
何よりも、シャアを救いたいと頼ってきてくれたから。
3人で暮すことに、何の不満もなかった。



「兄さんと二人きりで食事するのも、あと僅かね」
「おや、寂しいのかね」
「ご冗談を。今から楽しみだわ…」
「そうだな、賑やかになる」


(アムロが居ると、普段見れない兄さんが見れるから)
とは言わず、セイラはワイングラスの変わりにスープカップを掲げて見せた。



「さ、、腹拵えしたら戦闘開始よ。良くって?兄さん」
「やれやれ。厳しい隊長殿だ」


シャアも苦笑を浮かべてカップを掲げる。
脳裏でアムロの喜ぶ顔とアストライアの喜び様を思い浮かべつつ、シャアはカトラリーを再び手に取った。
もうひと踏んばりする為に。
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