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「シャ、ア…ッ!」



明け方近くまで及んだ晩餐の果て、アムロはシャアの名を呼び気を失った。
始めはシャアも手加減ができたものの、久し振りということも手伝ってか、いつしか貪り尽くすかのように愛し合っていた。
狂おしく紡がれる言葉に酔いしれて、互いに何度も高みに昇りつめた。
普段より情熱的に応えてくれた為、シャアは珍しく我を忘れて行為に没頭した。
その結果がアムロの失神、である。
モンゴロイド特有の肌理の細かい陶磁器のような肌に、鮮やかな朱色の花弁がいくつも舞っている。
同様に、シャアの大理石にも似た白い肌の上にも、無数の花弁が散っていた。
熱を放出しあう時間が終った所為か、室内の温度は徐々に下がり、汗ばんだ身体に冷気が纏いつく。
シャアは、くったりと手足を投げ出して眠るアムロに毛布をかけ、くしゃりとくせっ毛をかき混ぜてからバスルームへと消えた。
軽く汗を流し暖かいタオルを手に戻ったシャアは、泥に沈んだように眠るアムロの痩身を、丁寧に拭き清めていった。
時折、愛おし気に口付けながら。




「う…ん、あれ…?此処、は…」


目覚めたのはアムロが先だった。
毛布に包まるようなアムロを、後ろから長い腕が抱え込んでいる。
その腕が誰のものか理解した途端、昨夜の、否今朝方までの自分達の痴態を思い出し、顔に朱が昇る。
(そ、そういえば俺、いつ寝たんだっけ…?)
アムロには自分が眠りについた時の記憶が無い。
尤も意識を保っていられたのはごく始めの頃だけで、途中から理性の糸はすっぱりと切れ、シャアもアムロも本能の命ずるままに抱き合った。
(うわ…何やってんだ俺達)
いい年をして、と自己嫌悪に落ち込むアムロの耳に、少し掠れた低音が聞こえてきた。



「アムロ…?おはよう、早いな」


同時にきゅうっと抱き締められ、肩口に柔らかな吐息がかかる。
堂々とした落ち着いた態度の昼間とは裏腹に、こうしてアムロと共にベッドにいるシャアは、まるで図体の大きな甘ったれの犬のようだった。
目に見えない尻尾を忙しく振りつつ、アムロに抱きつくシャアを他人が見たら、彼があの<赤い彗星>であり<ネオジオン総帥>だったとは誰も思うまい。
そつのない行動と身のこなしに隠されたシャアの本性は、アムロだけしか解らない。
自分がこの男に愛情を持つとは微塵も考えなかったアムロだが、激情と共に流れ込んできたシャアの本音を感じた時、憎しみは綺麗に消えていた。
長い間の確執を捨て去った今、心に在るのは互いへの理解と愛情だけである。


「おはよ…」


照れ臭くてシャアをまともに見られず、寒い振りをして毛布に潜りこむ。
心臓が早鐘を打っている。
シャアに聞こえないように、とアムロは祈った。



「…身体は辛くないか?すまない、大分無理をさせたようだ」


優しい声音と共に耳元に口唇が寄せられて、ほんのりと淡く染まった外耳に口付けが落ちる。
肩と腰に回った腕にそおっと手を添えると、嬉しそうに微笑んだのが気配で解った。


「大丈夫…だと思う」
「食事はどうする?立てないなら此処まで運ぼう」


何がいい?と甘い声で問われ、アムロは自然に顔が綻んだ。
戦っている時の苛烈で激しい声も、穏やかに諭すように話す声も、余裕がなくて掠れた声も、睦言を囁く低くて甘い声も。
柔らかな金の髪も、大きな手も長い手足も、暖かな胸と広い背中も、腰を穿つ愛しい狂気も。
そしてアムロが愛して止まない、空を映した澄んだ瞳も。
今では全てがアムロのものだった。
シャアを独り占めしていると思うだけで、根拠のない優越感に耽れるようだ。
(ああ、毒されてるなぁ…)
そんな風に憎まれ口を浮かべても、心と身体には暖かな感情が広がるばかりだった。
(これが、幸せとか幸福感とかいうものなのかな)
今迄感じたことのない感情はどことなく擽ったかったけれど、同時にとても居心地の良い感情だった。

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