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額に手が触れている所為か、シャアの思考が水が染み入るように流れてくる。

『君が側に居てくれれば大人しく寝ていると約束しよう』

なんだかな…この我侭。まるで熱を出してお母さんを独り占めしたい子供のようじゃないか。大の大人が、しかも34歳の立派な男が!
呆れた思考を読んだように、伏せられていたシャアの目が俺を見上げる。
無言で上目使いで見つめられる。
…参ったなぁ、滔々と詩的な言葉で口説かれるよりも、こうして無言で迫られる方が威力あんだよな…
ここぞという時しか使ってこないから、こいつちゃんと使い分けてんだよなぁ。
…全く、隙がないっつーか抜かりないっつーか、俺の扱いは全てお見通しっつーか…それはそれで腹が立つけど。
普段見せない甘え方は俺も結構好きだから、つい絆されちまうんだ、このでっかい金色の狼みたいな犬っころに。
ホント、アストライアと転げ回って遊ぶ姿は親子のようだってこと、気付いてんのかな。
陽の光りを弾かせながら遊んでる姿は、俺には眩しくて仕方ないんだよ、シャア。

「アムロ?」

もう一度、駄目出しのように掌に口付けられて俺は敗北宣言を出す。
しょうがない、貴重な休みだけどつきあってやるか。

「わかったよ、シャア。ちゃんと付いててやるから寝てろよ?」
「それは嬉しい。これでやっと安眠できるというものだ」
「…って、寝てないのか貴方?」
「頭痛は昨日の昼間から夜中もずっと治まらなかった。今朝も続いてるから結構疲れてるのだよ、こう見えて」
「だったら平気な顔してないで最初から寝てろ!!」
「朝がきたら真っ先に君の顔が見たいじゃないか」

そう言って笑うシャアは、視線を動かしたことと笑ったことで更に頭痛が増したようで、途端に眉間に皺を寄せる。
馬鹿だな、ほんとに。
呼べばいつでも部屋にいけるのに。一つ屋根の下に住んでいるのに。
でもそういう馬鹿なシャアも好きだから、痛みが広がってるだろう額にキスを一つ。

「アムロ」
「はいはい、俺はちゃんとここに居ます。貴方を置いていなくなったりしません。だから安心してベッドで寝むようにーーー以上、了解かね赤い彗星」
「子供扱いされてるように感じるのは」
「気の所為だ」
「………。了解、白い流星殿。大人しく進言に応じよう」

広い背中に手を添えて、一緒にシャアの部屋へ行く。逆の隣には愛しい愛娘がつき従う。
いつもは腰に回される腕も、今日は余裕がないのか頭を押さえている。
そんなに我慢するもんじゃないよ、シャア。
俺の具合が悪い時、貴方は滅茶苦茶甘やかしてくれるから、今日は俺がしてやるよ。
家族の愛情を、多分貴方は妹に与えるばかりで、自分では受け取れずにいただろうから。
ダブルサイズのベッドにシャアを押し込んで、俺はその隣でクッションを背に座り込む。特別にアストライアも一緒にベッドに上がった。
視線を横にして下せば、直ぐにシャアの青い目が見える。
その目に手を被せて眠るように促すと、冷たい手が握り締めた。
額の薄い皮膚を通してシャアの鼓動が響いてくる。この拍動が痛みとなって続くのが、どれだけ痛いかは俺にだって解る。
俺は、シャアの痛みが早く取れるようにと祈りながら、シャアの手を握り返した。
隣には俺、足許にはアストライアという護衛付きで、不調の王様は眠りについた。
アストライアもすっかり寛いで、お昼寝の体勢になっていた。
不安定だった空模様が忙しく入れ替わりながら、次第に青空へと変貌していく。
シャアの目が覚める時には、彼を悩ませた頭痛が鉛色の空と一緒に去ってくれるようにと祈って、俺は枕元の本を開いた。
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