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アムロは隠している気持ちを白日の下に晒されたような心地がした。
シャワーを浴びたばかりの背中に冷たい汗が流れていく。
「そ、そう?かな…?」
「ええ。兄さんも貴方といるとよく笑ってるし。人をからかって笑う兄さんなんて私初めて見たわ。だから、貴方達はお互いが特別なんだろうなって」
そう思ってるのよ、と微笑む妹に、黙って聞いていたシャアも冷汗が出る思いをしていた。
自分でも気付かない事実を何故こうも簡単に見抜くのか、妹の洞察力には目を見張る思いがする。
確かに自分はアムロをからかう時がある。反応が面白くて、ついからかってしまうのだ。
今迄そんな風に付き合った者が存在したかと言えば、辛うじて思い出すのはガルマくらいである。
だがガルマの場合は全て計算づくでの行動だったから、アムロとは似ても似つかない。
ということは。
(他とは違う絆があるということなのか…?)
幸いシャアは感情が外に出難い性格のため、赤面するような事態は免れたのだが、アムロは見事に真っ赤に染まっていた。
「あら。ご免なさいねアムロ。吃驚した?」
「や、その、何と言うか…言葉が見つからない」
益々赤くなるアムロを気の毒そうに見遣って、シャアはセイラを諌めた。
「アルテイシア、そんなに苛めるものではない。私よりお前の方がからかっていると思うが?」
「ふふ、だってこれは嫉妬ですもの。私がいない時に二人で仲良く呑んでたバツよ、甘んじて受けて欲しいわ、お二人さん」
今度は流石にシャアも顔を赤らめた。
「さて、ご馳走様。私もシャワー浴びて休むとするわね。片付けお願いしても良くて?」
「ああ…ゆっくり休むといい。静かにしているよ」
「ふふ、じゃあお休みなさい兄さん、アムロ。夕食は私が作るわね」
セイラはそう言って二人の頬にキスをして、自室へと引き上げた。
後に残ったシャアとアムロは、気まずい雰囲気を醸したまま残った朝食を無言で食べ終え、これまた無言で片付けていた…。
穏やかな日曜の朝が、妹の鋭すぎる指摘のお陰で、木枯らしの吹く真冬になってしまったようだった。



「アルテイシアはあんな性格だったか…?もっと優しかった筈だが…」
ぼそりと呟くシャアにアムロも同じように返す。
「きっと連邦にいたのが災いしてるんだと思うよ…あの頃のセイラさん、怒ると怖かったもんな…」
「怖かった…?確かに、知らなかったとは言え私にも毅然と銃を向けていた」
「うん、カイなんて怒鳴られて平手も喰らったって」
「怒鳴る…しかも平手?…信じられん!」
「いやホントだから。綺麗で優しくてたおやかな妹でいて欲しいって兄の心境は解るけど、一緒に闘ってた俺が言うんだから間違いない、うん」
「…」
シャアが家を捨ててから、セイラは一人で様々な事に耐えてきたのだろう。
二人きりの肉親なのに、復讐の為に傍で支える義務を捨てた自分には、セイラがどんなに変ろうと文句は言えなかった。
「アルテイシアには随分と辛い思いをさせたのだろうな、私は…」
自嘲気味に呟くシャアの肩をぽんと叩き、アムロはシャアを覗き込んだ。
「それは貴方も同じだろ?むしろ、孤独な闘いを17年も続けた貴方の方が辛かったと俺は思うよ…だからもう言いっこなし」
空のような澄んだ青い目がくすんだ蒼に変っていた。
表情に出ない感情の代わりに、シャアの目が雄弁にそれを物語ることに気付いたのはいつだったか。
救った直後のくすんだ蒼が次第に澄んでいくのを見て、自分のしたことは正しかったと自信を持てたのは、ここ何ヶ月か前のことだ。
「ほら、笑ってみな?そんな沈んだ目してるとセイラさんが悲しむよ?勿論、俺もね」
おどけてしてみせたウインクが効を奏したのか、シャアが微かに笑った。
それは苦笑に近かったが、シャアの心を覆った雲を払うのには役に立ったようで、アムロは内心ほっとした。
「シャア、大人しくしてるからさ…仕事見ててもいいかな?貴方が軍人以外の仕事するのが珍しくて」
「見ても面白くはないだろうが…好きにしたまえ。それからさっきの話だが…厭でなければいつ此処に来ても構わない。私もアルテイシアも、そうしてくれればいいと思っているからな…嘘ではないよ」
仕事を取ってくる、と言い残して消えたシャアの後姿には、普段滅多に見る事の出来ない照れが漂っていた。
そんな姿を見られるのも、きっと自分だけなんだろうと、優越感に浸りきるアムロの表情は酷く緩んでいた。
UV加工の眼鏡を掛けて、キーボードをリズミカルに叩くくシャアの長い指を見ていたら、いつしか睡魔に捉われていた。
ハーフケットをかけてやると微かに笑った(ような気がした)。
その幸せそうな顔が童顔を更に幼く見せているようで、シャアはくすりと笑う。
弟のようでもあり友人でもあり、何故か恋人でもあるような、何とも形容し難い存在のアムロだが、シャアの中ではすっかり重要な位置に居座ってしまっていて、もうどこにも動かせない。
明るい居間ではテーブルにつっぷして昼寝するアムロと、眠気覚ましのコーヒーを飲みながら、部屋はどこにしようかと楽しい考えにふけるシャアがいた。
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