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「…なんでそんなに強いのさ」
「さあ、何故だろうな。私にも解らんよ」
もう何本空けているか。
男二人とくればワインなんてお上品なものでなく、ウィスキーやバーボン、ジン、テキーラ、ウォッカといった度数の高いものにいくのだが、
シャアはいくら呑んでも酔わなかった。
白皙の面には一筋の朱も昇らず、行動も言葉も普段と全く変らない。
これではセイラに叱られるのは自分一人になりそうだ、と暗い思いに支配されたアムロは、早々に意識を飛ばすことにした。
「も、駄目。眠い…今日泊めて…」
「おい、こら。アムロ、肩を貸すから寝るなら部屋へ行け。こんなところで眠るな」
「う〜…ここで、いい…」
そう呟いたきり、どんなに揺り動かしても起きてはくれなかった。熟睡しきったアムロを見下ろし、シャアは深い溜息をつく。
「結構弱いのだな…」
数えた空き瓶は5本。内2本は確実にアムロが空けていたが、最後のウォッカが効いたらしく、ウンともスンとも言わない。
泥のように眠っていた。
この泥酔した大の男を担いで部屋に連れて行くのかと思うと、いくらシャアでもうんざりした。
シャアより小さいからそれ程重くはないだろうが、意識のない人間は女性でもかなり重いものだ。
「いつまでもこうしていては風邪を引くな。…仕方がない」
テーブルに突っ伏したアムロを両肩に担ぎ上げる。思った程重くはなく、幾分ほっとする。これなら担いで行ける。
一階には客間が二部屋あり、手前の客間のドアを開けると、月明かりの差し込むベッドにアムロを下した。
取敢えずセーターを脱がせ、靴と靴下を脱がせ、そのまま毛布を掛けてやる。
流石にベルトまで外してやろうとは思えなかった。
潜り込むように毛布に包まるアムロに苦笑を零し、静かにカーテンを引くと振り返る。
クセっ毛をくしゃりと撫で、こんもりと盛り上がる毛布をポンポンと軽く叩き、僅かに覗く寝顔を見つめる。
昔から童顔の所為か、30代に差しかかろうとしても若く見える。あどけない寝顔はまだ20歳そこそこの青年のようだ。
自分に脅えていた少年兵が自分を相手に1年戦争を闘い抜き、その後のグリプス戦役でMSパイロットとして復活し、自分のおこしたネオ・ジオン戦争に勝った。
死に逝く運命だっただろう自分を救い、雁字搦めの鎖から解放してくれたアムロを、何時の間にかシャアは愛しく思い始めていた。
そっと身を屈めたシャアは、アムロのクセっ毛の髪に口付けを落とす。
「お休み、アムロ。良い夢を」
低く優しい声で囁き、静かに部屋を出て行った。
居間に戻ったシャアは、空き瓶やグラス、食器を片付け、自室へと引き上げた。
シャワーを浴びて戻ると時計は既に3時を回っており、仕事にしている航空学生向け参考書の翻訳は諦めた。
横になれば直ぐに睡魔は訪れ、アムロと同じように、シャアも泥沼に落ちるように眠りについた。
翌日。
ボサボサの頭で起きてきたアムロにシャワーを奨め、3人分の朝食を用意し終わったところにセイラが帰ってきた。
「お帰り、アルテイシア。食事が出来たところだ、食べるだろう?」
「ただいま兄さん。今朝は何?あら、3人分?アムロがいるのね?」
「ご名答。今シャワーを使っている。戻ったら食べよう」
「ええ、着替えて来るわね」
それから10分後、3人は明るい日差しの満ちる食卓を囲んでいた。
「おはようアムロ。宿酔いは大丈夫?」
「おはようセイラさん。大丈夫みたいだよ。それにしてもシャアは強いね、日本語で言えば笊とかうわばみの類だ」
「笊はまだしも、うわばみでは妖怪ではないか。紅茶とコーヒー、オレンジのどれにする?」
すかさず抗議するシャアにアムロは目を丸くする。見かけはアングロ・サクソン系か北欧系なのに、まさかうわばみを知っているとは。
「シャア、うわばみ解るんだ?どれだけ博識なんだよ貴方は。ジュースで頼むよ」
「辞書を引く回数が増えたからな、仕事そっちのけで読んでしまうのだよ。蜂蜜は?」
「え、って辞書を?パソコンで調べるんじゃなく読むの?頂戴」
「ああ。なかなか面白い。君も読んでみたまえ、雑学が増えるぞ。ほら」
シャアの意外な趣味に目を丸くしつつも、しっかり口は動かすアムロだった。
「ちょっと貴方達。自分がどういう会話してるか自覚していて?ギャップが凄いわよ?」
「え、そう?でもいいね、此処は。何時来ても綺麗に片付いてて飯も美味くて。いっそのこと引っ越して来たいよ」
「あら、そうしたらいいじゃない?私は構わないわよ、ねえ兄さん」
「ああ。部屋は空いているしな」
何とも甘美な申し出だが、シャアは兎も角セイラまでがそんな簡単に許可していいのだろうか、という疑問が残る。
(一応俺、成人男性なんですけど…)
「いやでも、女性もいる家に簡単に引っ越せないでしょ。いくら何でも」
「「大丈夫」よ」
即答する兄と妹に眩暈がする。自分は男に見られていないのではないか、と不安になる。
「…信用してくれるのは嬉しいんだけど、俺も一応生身の男なんで…それ解ってる?セイラさん…」
「ええ勿論。それがどうかして?私一人ではなく兄さんもいるし、貴方は兄さんと一緒に居る方が楽しそうだわ」
…恐るべしダイクン兄妹。何故にこうも聡いのだろうか。
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