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「すまなかったな、アムロ。今のは狂犬に咬まれたとでも思って忘れてくれ」
「…俺を愛していると言った言葉も忘れろと?」
「…そうしてくれれば有難い」
「嘘をつくな。貴方が心の奥で願っていることを、俺が解らないとでも思うのか?あんな…あんなキスしといて、感情滅茶苦茶放出してたくせに…っ!それも忘れろと言うのか!?」
「君は私の手を取りはしないだろう?望みのない相手をいつまでも追うほど、これからの私は暇ではない。ティターンズとの決戦は宇宙だ。アクシズの件もある。一刻も早く帰還しないと、ブライト艦長の胃痛も酷くなる一方だろうからな。
…今の内に、捨てられる感情は捨てておくべきだと判断したまでだ」
「貴方は…!偶に素直になったと思えば直ぐこれだ!何で欲しいものを欲しいと言わない!だから他人は解らなくて、貴方に無理難題ばかり押し付けるんだろう!嫌なら嫌だって、言ってもいいんだよシャア…!貴方だって只の人間で一人の男なんだから、人の温りを欲しがってもいいんだ…!貴方は感情を失くした殺人マシンなんかじゃない。ましてやMSでもない。人なんだから、我侭言ってもいいんだよ…。そんな悲しいこと俺に言うなよ…!」
「アムロ…気にすることはない。私は私の役割を演じるだけさ、死ぬまで独りでな。それが私の決められた運命なんだろう。だから君が傷つくことはないのだよ」
「俺じゃなくて、満身創痍なのはアンタだろッ!!自分で自分の傷抉るなよ…俺には見えるんだよ、貴方の傷が!さっきまでは解らなかったけど、今は解る。血が溢れて塞がらないんだ、何年経っても!その、悪かったよ、人身御供なんて茶化して…。好きでそういう境遇に生まれたわけじゃないんだよな…。俺だったら、貴方みたいに生きてはこれなかったと思う。途中で投げ出して、どっかで野垂れ死んでたと思う」
「それはない、アムロ。君は」
「いいから聞け。俺はね、貴方が普通の人みたいに誰かを愛してるって聞いて、正直ほっとした。ララァを忘れられないと思ってたから。ただそれが俺だってのは意外通り越して脳天にハンマー喰らったくらいに吃驚したけどね」
「それはすまない」
「うん、いいんだもう。…俺も、貴方に会って解ったから。必死で否定してたけどダメだった。貴方が先に言うから蓋が開いちまったんだ」
「アムロ…?」
「俺も、あの、その…。…何ていうか、貴方と同じだっていうか…あ、でも貴方ほどじゃないぞ!それは言っとくからな!」





しどろもどろの告白は、シャアを固まらせるに十分だった。
綺麗な目を見開いて、信じられないという表情が、次第に崩れて笑みに変わっていく。
ほっとしたような、あどけない笑顔がアムロの網膜一杯に広がる。
(こんなーーーこんな優しい顔で笑うんだーーー)
通路は徐々に暗さを増し、小さな常夜灯が灯り始める。
立ち尽くす二人を照らすのは、そのほのかな灯りだけになっていた。





「アムロ…一つ、私の我侭を聞いて貰えるだろうか」




沈黙を破ったのはシャアだった。
足許にグラスを置くと、シャアはアムロに歩み寄った。
頭半分は高いシャアが、目に笑いと期待を込めて覗き込んでくる。
悪い予感がした。
…そう、まるで赤い彗星がホワイトベースに近付いて来るときのような、背中がざわつく悪寒のようなもの。
じわりと身体に纏わり付く濃密は空気は、あの時以上にアムロを慄かせた。
(逃げたほうがいいような…逃げたくないような…どうする、俺!?)
一瞬の逡巡を見逃さず、シャアはアムロを腕の中に捉えて抱き締め、肉のない肩に顔を埋める。
金色の髪がアムロの口元に触れてくすぐったい。見た目と同じで柔らかい髪だった。
やがて、くぐもった声が洩れ聞こえてきた。






「1日早いが…私にプレゼントを贈ってはくれないか」
「…え?プレゼント?って…え?もしかして貴方、明日が誕生日…?」
「………」
「そうか…俺4日だったんだよ、知らなかったろ。で?いくつになったんだシャア?」




アムロの誕生日が4日なのは知っていた。
だがおめでとうを言おうにも、アムロはシャアを避けていて、近付くことすら出来なかったのだ。



「知っていたさ…でも君は私から逃げていたからな」
「…ゴメン」
「いいよ、君も訳が解らず苦しかったのだろう。私だって抑えるのに苦労した」
「だからか、あのプレッシャー!どうりでいつになく貴方が怖かった訳だ…」
「君はあの時まだ15歳だったか。ふむ、22か。22歳、おめでとうアムロ。大分遅れたが」
「いいよそんなの。貴方はあの時いくつだったんだ?」
「20歳だ」
「はぁ、20歳であの落ち着きね…育った環境は恐ろしいね。そうすると、明日で27歳か」
「ああ。カミーユとは10歳も違う。歳をとった」
「27くらいで何言ってんだよ、まだまだ若いだろう。なのに、その若さで背負うものは馬鹿でかくて重いんだよな…」
「…仕方ない」
「俺は半分持ってやれないけど…倒れそうになったら支えてやるし、その、寒かったら温めてやるから…」
「それは心だけか?身体も付随してくるのかね?」
「…馬鹿野郎。両方だよ、態々言わせるな」
「ありがとう、アムロ。何よりの贈り物だ」
「馬鹿だな、貴方は…言葉だけでいいのか?俺は寧ろその方が助かるけどさ」
「ああ、成る程そういうことか。まぁ期待はしたいがそれほど楽天家ではないのでね…。多少悲観的な方が、土壇場で逃げられるよりもマシというものだよ」
「押しが強いんだか弱いんだか…複雑怪奇な性格してるよ、ホント」
「お褒めに預かって光栄だ」
「褒めてるんじゃない、貶してるんだ。でもいいや、そういう貴方を見るのは新鮮だから。……シャア」
「ん?」
「27歳おめでとう、シャア」





シャアの両頬を掌で包みこんで自分に近づけると、静かに口付けた。
アムロの腰に回された腕に力が入り、ぐっと抱き寄せられる。
同じ様に、アムロもシャアの背に回した両手に力をこめ、抱擁に応えた。






「ありがとう。愛しているよ、アムロ」
「うん、俺も…あ、い、してるよ、シャア」




アウドムラの通路の陰で重なり合った二つの陰は、やがて人知れずどちらかの部屋へと吸い込まれて行った。



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