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「アムロ。そういう可愛い顔は私以外に見せないで貰いたいが、承知か?」
「…え…?」
「君は人は変わっていくと言った。ならば、私の気持ちが変化したのも許してくれるのだろう?」
「な…何を…?シャア、」
「私達は憎みあってきた。殺そうとして刃を向け銃を向けてきた。だが…ここで君に再会して憎しみがなくなった。あるのは…」
「あ、あるのは…?い、いや、やっぱり言わなくていい…!」



正直、アムロは聞きたくなかった。
自分が気付かずにやり過ごそうとしていた感情を、先にシャアが暴き出しそうだったから。
目を背け、視界にシャアを入れないことで、自分の気持ちに蓋をしてきたことが、無駄な努力になりそうだった。





「私には君が必要だということだ、アムロ。私を避けていた君がディジェで送ると言ってくれた時、どれほど嬉しかったか君には解るまい。このまま宇宙に連れて還りたい、ダカールなどどうでもいいとさえ思った。ずっと君の行方を捜していたのは何故なのか。どうしてここまで君を追うのか、自分でも解らなかった。だが漸く、君を目の前にして漸く解った。私が君に抱いていたのは、執着ではなく恋着だ。アムロ。私はどうやら君を愛しているらしい」




これを聞かされたのが女性だったら、即座に落ちただろう。
容姿端麗、頭脳明晰。美貌も才能も有り余る男から、熱烈な愛の告白をされて、靡かない女性はいないと思われた。
だがアムロは生憎男性だった。
相手と同じ感情を抱いているとはいえ、ここまで素直に打ち明けられる性格ではない。
ただし悪い気はしない。むしろ嬉しいとさえ思ったのだが、口から出たのは反対の言葉だった。




「な、何馬鹿なこと言ってんだよ、シャア!貴方ともあろう人が!貴方はこれからエゥーゴを率いていかなきゃなんないんだぞ?!エゥーゴだけじゃない、カラバも、俺達に賛同する全てのスペースノイドの希望にならなきゃなんないんだ、解ってんのか!?」
「解っているとも…私個人の希望は全て無視され、公人としてのみ存在させられる。謀らずとも私は父の敷いたレールの上に、臨まずに押し上げられた幸運な継承者というわけだ。それがどんなに茨の道だろうと、決して降りることは出来ない…そういうレールの上にな」
「そんな辛いことじゃないだろう!貴方は父上の跡を継ぐのがそんなに嫌なのか!?」
「君に解るのか?私の幼少時は父を殺され逃亡に明け暮れた。少年時代は来る日も来る日も復讐を刷り込まれた。最愛の母をも奪われ、養父とアルテイシアを捨て、自分を捨て、ジオンの士官学校に入ったのは17の時。父を殺し母を軟禁し死に至らしめたザビ家への復讐のためだ。赤い彗星などと謳われた私は、首尾よくガルマを謀殺し、キシリアを手にかけジオン公国を壊滅させた。これで復讐は終ったが、かわりにララァを失った。ララァと出会うまでの私は復讐の鬼でしかなかった。だが、彼女の力を目の当たりにして、私は人の革新をこの目で見たいと思うようになっていった。そのララァを失い、私は変わりに君を求めた。ララァの仇でもある君をな!こっぴどく振られたが、もし君が傍に居てくれたら、それが見れると思ったのだよ。それが君の為でもあると思えた。連邦の所業を見れば、実際そうだっただろう?その後、アクシズに身を寄せても私は独りだった。ララァも君もいない。慕ってくれる者はいたが、思想が合わない。私は…何もかも捨て去って一人のパイロットでありたかった。だから戻ったのだ、あのアステロイド・ベルトから!しがらみも何もかも捨てて、ただMSを駆っていたいと思うのは、私の我儘なのか?たった一つの望みも私は求められないのか?
…エゥーゴに参加したのは、ティターンズのやり方がジオンと同じだったからだ。ジオンを潰した私が、別のジオンに居場所を求めるわけがない。エゥーゴは居心地が良かった。階級はあってないようなもの、自由で、無能で横柄な上官もいない。初めて、ここに居たいと思えたのだよ…だがそれもうまくはいかなかった。私に流れる血の所為なのか?私の望むものは全て手から零れ落ちる。欲しいと願う人も手に入らない。私に残るのは…したくもない役割だけだ。私はその役割を演じる為だけに存在する、大根役者の生贄でしかない。…アムロ。私には…人身御供には、寒いときに暖めあえる相手すら、望んではいけないことなのか」




ある程度は知っていたシャアの過去が、これほど愛情に飢えたものだったとは、流石にアムロも気が付かなかった。
アムロには、傍に居てくれはしなかったが、父も母も生きていた。
面倒臭かったが、フラウ・ボゥというおせっかいなお隣さんとその家族が、アムロに愛情を振り向けてくれた。
ガンダムに乗ってホワイトベースに乗って、同年代の少年兵等と喧嘩しながらも心配したりされたりして、家族や友人、大切な人を護ることの意味を知っていった戦いの日々。
目の前に佇む、恐ろしかった敵と戦って、大事な人を失った悲しみ。
その多感な少年時代を、シャアは全て復讐の為だけに費やして来たのだ。
思いを寄せられることも多々あったろう。だが頼れるのは自分だけの状況下では、利用こそすれそんな甘い感傷に現を抜かす男でないのは、アムロにも十分理解できた。
目的の為なら手段を選ばず、チャンスは最大限に生かすのがシャア・アズナブルだから。
その男の心が、欲しいと叫んでいたのは、理解しあえる人の愛情と温り。
子供ならば与えられて当然の愛情を、無残にも途中で奪われたシャアとセイラ。
責任感が強い少年は、何歳のときに修羅の心を持ったのだろう。
それは恐らく、普通の子供ならば悪戯や遊びに夢中になっていた頃なのだろう。
見渡す限り敵だらけ、味方も援軍もない孤独な戦争を戦い抜いた男が、たった一つ望んだものが自分だったとは…。
アムロに背を向けたシャアは、じっと暮れなずむ空を見つめている。
手元のグラスは空になっている。長い告白をした後、一気に呷ったのだろう。
防弾の特殊ガラスが嵌めこまれた窓からは、下方から日の光が差し込んでいる。
もう直ぐ地上では日が暮れる。人工の日暮れではない本当の日暮れが、アウドムラの艦内を柔らかく照らしていた。
やがて空も青から紺へ、ゆっくりと姿を変えていく。
そのずっと上空には、重力が作用しない宇宙空間が広がっている。
シャアは、早くあの漆黒の海に還りたいと思った。重力がこんなにも感傷的にさせるのだと、自分に言い聞かせていた。
(アーガマに戻り百式を疾駆させれば、直ぐに忘れるだろうさ…私が居たいと願うのは戦場だからな…)
苦笑が浮かぶ。
誰が何と言おうと、又自分をどう客観視しようと、それは事実だった。
パイロットに固執するのもそれが故であり、ジオンの後継者を名乗りたくないのも、それが故だから。
シャアはひとつ頭を振ると、踵を返した。
反対側の壁に背を預け、自分を見ていたアムロに視線を向けることなく、脇を通り過ぎようとした。
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