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「シャア?どうしたんだ?」


僅かに眉間に皺を寄せ、自分を心配そうに見つめるアムロ。
憎みあい殺しあってきたかつての敵の、自分に向ける優しい感情で、シャアの冷えた心に温りが戻る。
もっと欲しいと願う。
その温りを、もっと。


「…私が人身御供なら、生贄にされる前に褒美を貰ってもいいだろうか」
「シャア?」


シャアは静かにアムロに近付くと、そっと身を屈めた。
アムロが驚いて逃げる前に、片手で逃げ道を塞ぐ。


「シャア…っ、何を…!」


もがいて逃げ出そうとする身体を壁に押し付け、シャアは隙間もないくらいに身を寄せた。
鼻先がつく至近距離で青い瞳に見つめられ、アムロは冷汗をかきつつ赤くなっている。
その様子にうっとりと笑みを浮かべたシャアが、アムロの腰に腕を回して抱き寄せた。


「シャア!止め…!」


どうなるか理解したアムロが、制止の言葉を吐く前に唇が触れ合った。
驚いて見開く薄茶の瞳とそれを愛おしげに見つめる青い瞳。
視線が交差するとシャアの意識も流れ込んできた。
(          )
それは、いつも堂々としたシャアには似合わない言葉だった。
(シャア…貴方はずっとそうだったのか…?)
アムロの問いかけに、青い瞳が伏せられる。
同時に、まだ触れ合っているに過ぎなかった唇が、貪るように深く重ねられた。


「ん…っ」


アムロの手がシャアの肩口のシャツを掴む。
引き離そうとしても、片手はグラスを持っているので使えない。
シャアも同条件だが、体格差で敵う相手ではなかった。
抱きすくめられ身動きが出来ない上、何度も角度を変えてアムロを襲う唇。
舌を絡め取られ、上顎を擽られ、息すらも奪うかのように激しく口付けられて、アムロの体から力が抜ける。
不思議と嫌悪感はなかった。
同性でしかも元宿敵の筈なのに。
シャアの腕にしがみ付き、辛うじて立っているだけのアムロと、愛して止まない恋人にするように、きつく抱き締めるシャア。
腕の中のアムロがかくんとくず折れる。
それで漸く唇が離れた。
名残り惜しいとでもいうのか、二人の間には銀糸がつと繋がっていて、落ち始めた太陽の光りでキラ、と陽を弾く。
真っ赤な顔でシャアに縋っていたアムロが、それを見て更に項まで朱に染めた。


「な、なにするんだよ…!」


声に迫力がない。
睨みつけてくる瞳にも当然、そんな威力はない。
潤んだ瞳で真っ赤になって上目使いで睨まれても、大抵の男には可愛いとしか映らないだろう。
アムロも男だったが、そんなことはすっかり抜け落ちていた。
目の前で、嬉しそうな幸せそうな表情のシャアに、目を奪われていた。
濃いスクリーングラスに隠された表情は、ともすれば無表情。偶に口元に、微かな苦笑や笑みを浮かべる程度。
そのシャアが、素顔をさらしたままで自分に向って微笑んでいる。
見たことのないシャアの姿に、アムロは茫然自失で見蕩れるばかりだった。
どれくらいそうしていたのだろう。
もう一度、軽く触れるだけのキスをしてシャアが囁いた。
耳元で、あの低い美声で。
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