とりあえず、小松はココたちに受け入れられたを確認するとマンサムは素早く動いた。
年がら年中酔っ払ってはいるが、少なからず各国に影響を及ぼすほどの巨大な組織IGOの開発局長を務めるだけあって、その手腕は認めざるを得ない。
まず、マンサムは研究所内に彼らの居住スペースを用意し、スペース内には特別に発行したカードキーが無ければ立ち入りできないよう隔離した。
そして同じIGO幹部であるウーメンに連絡をし、小松を一週間借り受けた。
勿論ウーメンは渋った。
小松は今、ただ単に六つ星レストランの料理長と言うだけの肩書では無い。
誰もなし得なかった幻のスープ、センチュリースープを再現させた料理人として、そしてあの美食屋四天王の一人、トリコのパートナーとして今やホテルにとって無くてはならない人物なのだ。
その料理長が一週間も不在となれば、ホテルグルメの信用と威信に関わる。
「分かっている。勿論その間に出る損失はIGOで補償すると言っているだろう……」
「ムキーッ!それだけじゃないってさっきから言ってるでしょうッこの酔っ払いハゲッ!!!」
「むッ?!今ハンサムっつった?!」
「言ってねーだろこのタコクラゲッ!!!!」
ウーメンにしては珍しく地の男サイドの怒声が飛ぶ。
「大体あんたの所みたいな変態と変質者の巣窟に、家の可愛い小松ちゃんを放り込むなんて絶対許せないんだって、さっきから言ってるでしょうッ!!」
「だからそれも対策済みだ。居住エリアにはわし以外には信用のおけるもの以外は近づかんよう手配した。頼む。あ奴らがやっと小僧の飯なら食うと言ってくれたんだ。」
「……分かってるわよ。分かってるけど……文句の一つも言いたくなるでしょうッ!!とにかく、小松ちゃんに一つでも傷を付けてごらんなさい。ただじゃおかないからね……」
「……肝に銘じておく。」
プツン、と電子音が切れマンサムは大きく息を吐いた。
ああ見えてウーメンは本気で怒らすと怖い部分がある。
勿論肉体的にはグルメ細胞を持つマンサムが優位に立っている事は明らかだが、あのふざけた形で(自分の事は棚上げだ)IGOの事務局長を務めるだけの事はある。
「さて、やはりカギになるのは、ココか……」



翌朝、ココが目を覚ませば小松の姿は既に無かった。
マンサムによって与えられた居住スペースは、一区画全体が彼らの為に与えられていた。
そして小松の提案で寝室はみんな一緒、という事になり隣にはまだ夢の住人であるトリコ、サニー、リンがすぷすぴと寝息を立てている。
キッチンに入ると、途端に甘い香りがココを包む。
扉の開閉音で気がついたのか、小松がココを振り返った。
「あ、ココさんおはようございます。」
「おはよう、小松君。」
「もうすぐご飯にしますからねえ。」
そう言いながら小松は実に見事な手際で次々と朝食をテーブルに並べて行った。
こんがりときつね色に焼き上がったふわふわのパンケーキは、プレーンと香草が入った二種類が用意され、シンデレラ牛の乳から作られたバターと、千年カエデから取れたメイプルシロップが用意されていた。
恐らくトリコ達子供用に用意されたものだろう。
その食欲をそそる匂いに感化されたのか、途端にココのお腹が訴えた。
あまりに即物的な反応に、ココは少し頬を赤らめ小松はそんなココを見て微笑む。
「ふふ、じゃあ皆を起こして朝食にしましょう。」
「大丈夫だよ。」
ココの言葉に疑問符を浮かべる小松だったが、しばらくすればこの部屋に駆けてくる気配で納得する。
「いい匂いーーーーッ!!小松ごはんーーーーッ!!」
「まつーーーーッ!!つくしご飯ッ!!」
「ごはーーーんッ!!!」
「わ、すごい。」
匂いに反応して子どもたちは起きだしていたのだ。
その反応に思わず呟く小松を、ココは久しぶりに大声で笑ったのだ。



そして皆がテーブルにつき朝食が始まる。
「「「「いただきます」」」」
「ココさんは甘いものはお好きですか?」
「……好きだけど、朝からはちょっと……」
「だろうと思いまして、サワークリームとストライプサーモンの燻製のディップを用意しましたよ。香草のパンケーキと一緒にどうぞ。」
渡されたクリームを香草のパンケーキに塗り一口。
その美味さに身体に宿るグルメ細胞が途端に歓喜の声を上げる。
研究所で提供されていた食事が決して不味くは無かったが、どこか空虚な味のするそれらに比べて、小松の作る食事は腹だけでは無く心まで満たされる味がするのだ。
それらを感じているのは自分だけではない証拠に、テーブルの上の朝食は既に半分が子供たちによって消費されていった。
「おいしいよ、小松君。」
ココがそう感想を述べれば、小松は満面の笑を浮かべた。
「どんどん食べて下さいね。お代わりありますから。」
そう言いながら小松は、視界の端にリンが人参を避けていたのを小松が目ざとく見つけた。
「リンさん、人参も食べないとだめですよ。」
小松に注意されても、リンはどうしてもニンジンが食べられず顔をくしゃっと崩して泣き顔になる。
「……ニンジン嫌い。」
「しょうがないですねえ……でも、人参はとっても栄養があるんですよ。ね?サニーさん。」
「(そ)の通りだし。まつ、わかってんじゃんッ!」
そう言いながら、サニーは得意げに自分の更に盛られたニンジンを食べて小松に褒められる。
その様子を見ても、やはりリンは食べられず、ちょっとばかりぐずりだした。
「……嫌い。」
「でも、食べないと、美人になれませんよ?」
そう言うと、小松はリンの耳元で何かを囁いた。
(美人になって、トリコさんをびっくりさせましょう?)
「!!……食べるッ!」
小松の言葉にリンは口元に持ってくるのだが、やはり躊躇ってしまう。
するとリンは小松を見上げお願いをする。
「小松さん、手、握って。」
「はい、お安いごようです。」
小松の手を頼りにギュッと握りながら、リンは決死の覚悟でニンジンを食べた。
が、その味が想像を超えて、遥かにおいしかったよで、途端に笑顔が溢れる。
「おいしーーーッ!!」
「ふふ、ニンジンをバターと蜂蜜でグラッセしたんです。ね?おいしいでしょ?」
「うんッ!」
ぱくぱくとニンジンを食べるリンを見て、小松はほっとしたが……
「あ、ココがトマト残してるーーッ!」
小松から見えないように、ココは唯一苦手であるトマトを上手に拠けていたのだが、そこをトリコに見られてしまいココは内心毒づいた。
(トリコ、余計な事を……)
トリコの言うとおり、ココの前にある卵とトマトの炒め物には手をつけられてない。
「ココ、食べないと(う)つくしくなれないし、トマト、美容にいいし。」
「ココが食べないなら俺が……」
「トリコさんのはちゃんとこっちにあるでしょッ!」
ココが食べないならば俺が、と手を出してきたトリコをぴしゃりと言って小松はトリコを引き下がらせた。
「……ココさん。」
「う、分かってるよ。」
ちょっと困ったような、縋るような目で小松に見られれば腹を括るしかないと、皿を引きよせて年長者としての威厳を見せねばと、ココはトマトを口に持ってくるが、なかなか先に進めない。
勿論小松の作ってくれた食事だ。
苦手であろうとも残さず全て平らげたい。
だがその一歩が、中々踏み出せず足踏みを繰り返す。
それを見ていたリンが小松に言う。
「小松さん、ココの手も、握ったげて?」
「り、リンちゃんッ!?」
「いいですよ〜vはいココさん。」
リンの言葉に何気ないことのように、当然のように小松が手を差し出す。
自分は、毒人間なのに。
差し出された手に、慎重に、そっと自分の手を重ねた。
途端に体温が上がる。
ああ、リンちゃんの気持ちが分かる。
手を握られただけで、こんなにも心が軽くなる。
勇気が出てくる。
こんなトマトぐらい何でも無いと、ココはトマトをぱくりと食べる。
「あ……おいし。」
「ふふ、トマトと烏骨鶏の卵をエキストラヴァージンオイルで炒めて、塩こしょうと、隠し味にナツメグで味付けしただけです。でも美味しいでしょう?トマトは火を通すととっても甘味が増すんです。」
その様子を、トリコとサニーはにやにやと笑いながら眺めていた。
トリコやサニーの様子がちょっと気に食わなかったので、先ほどからちらちらと視界の隅で見え隠れしてるものをそっと小松に教えてやる。
「小松君、サニーが苦手なものをトリコに食べさせようとしてるよ。」
「え?」
「「ココッ!」」
「ふ〜た〜り〜と〜も〜」
ココの指摘に、ゴゴゴと背後に音がするほど黒い何かを持って、小松は二人に近づいていく。
「「ご、ごめんなさ〜い」」
その迫力に押されココとサニーは素直に謝り、今度はサニーが小松に手を握ってもらい苦手なものを食べ始めた。
しかし、世界広しといえでも、この特殊で、危険な子供たちを平気で叱れる普通の人間なんて、そうそういないだろう。
しかもそれは、普通の、失礼だがどこにでもいるような人間が、だ。
ココがそんな事を思いながら、苦手なはずのトマトを口に含む。
途端に口に広がる甘さと、そして小松の優しさが広がり今までに感じないほどの幸福がココを満たした。

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