そこには、確かに自分らしい人物が映っているのに、やはりそれは他人のようにしか思えず、親しげに彼の肩に回された肩に、らしくもない嫉妬という感情を覚えてしまった。



「それから、これはトリコさんと、サニーさん、リンさんも映ってますよ。」
彼の携帯電話に映し出される画像は、どれも嘘だとは思えず、さらに言うならば、彼が嘘をつくような人物には到底思えなかったからだ。
(それに、僕の前では嘘何てつけないし。)
彼の目は少々特殊で、人の可視域をはるかに超えるレベルまで視認する事が可能だ。
それにより人が嘘をつく際に微妙に変化する体温や汗の量の変化、それらを視認できるココは研究所の人間にとって研究材料としては一級品ではあるが同時に、厄介なであることは想像に難くない。
しかし、今目の前の人物小松はその事を別段気にした様子では無く、嬉しそうに未来(?)の自分たちの事を話している。
(こんなに、視覚に心地いい人なんて、初めてだ。)
美醜でいえば、醜寄りであろう顔は、低い鼻と大きな真黒な目が絶妙なアンバランスで整っており、愛きょうのある顔と言ってもいい。
それにココにとって表面の美しさよりも、未だコントロールが難しい見えすぎる視覚に心地よく映る彼の存在は、会って僅かであってもかなり大きな部分を占めてしまっている。
普段からメディアに映ることを苦手としているココが、これほど写真に写っているのだ。
恐らく未来でも基本的な自分の性質など変わっていないのだろうと推測すれば、自分がどれ程この人物を信頼しているかが、手に取るように分かる。
(……自分の事なんだから、当り前だろうけど、やっぱり変な感覚だ。)
「……ゼブラも、写ってるね。」
次々と映し出される携帯電話の写真に、見覚えのある、一番手の焼く不器用な目付きの大男が写っていた。
「あ、はい。この写真一枚しか撮らしてくれなくて……。ゼブラさんは今……ええとちょっとお仕事に行ってて、それで今回の事故には巻き込まれなかったんです。」
どこかしどろもどろと答える小松の動揺を見据えれば、「仕事」という単語に著しく反応している。
しかしココの目を使うまでもなく、小松の嘘など一目でバレてしまう。
「まあ、そういう事にしておいてあげるよ。」
そうココが言えば、まるできゅうう、と音がするように小松は顔を赤くして複雑な顔で笑った。
さらに写真を映し出せば、見覚えのない建物の前で笑顔でレンズに向かって微笑む、27歳の自分が居た。
それを不思議そうに眺めていると、小松はその建物の説明をする。
「この建物は、グルメフォーチュンにあるココさんの仕事場ですよ。ココさんは電磁波を視認できるのでそれを活用して、占い師をしてたんですよ。もうすごいカリスマで、お得意様には大企業の社長さんや有名な女優さんとか、それはすごいんです。」
トリコ達は寝ているので、必然的に会話の内容はココに関わる事柄が多くなるのは必然といえど、小松が自分の事を嬉しそうに話す様をふわふわとする気分で聞いていたが、ふと聞きなれない言葉にココは小松に疑問を投げかけた。
「え?電磁波って……確かに僕は人より可視域が広いけど……電磁波は見えないよ。」
「あ、そうなんですか?じゃあ今のココさんはまだ見えてないのかな?」
「……そうか、小松君が知る僕は、27歳の僕なんだね。」
「ココさん……。」
嘘のような話なのでついつい忘れてしまう。
小松の知る自分は、そして小松が慕う自分は、遥か彼方、未来の自分。
美食屋で、占い師で、電磁波を視認出来て、毒も恐らく完璧にコントロールしていて……
「ココさんッ!」
気持ちが沈みかけていた時、突然小松の顔が視界いっぱいに広がった。
あまりにびっくりしたので、反応が一歩遅れてしまい彼から身を引く事に失敗してしまった。
「じゃあ、今のココさんの事を教えてください。」
「え?」
「すいません、配慮が足りませんでした。僕は、僕の知らないココさんに会えて嬉しくてはしゃいでしまって……。だから、お話して下さい。今のココさんの事を。」
「今の、僕?」
「はい、15歳の、ココさんの事。駄目ですか?」
「駄目って、訳じゃないけど……」
正直、何を聞かれるのかが、怖い。
過去、不躾な質問をしてくる奴らは大勢いたからだ。
「じゃあ、ココさん、好きな食べ物って、何ですか?」
だがココの予想を裏切り、小松の質問は差し障りのない、何の変哲もないものだった。
「へ?好きな、食べモノ?……肉。」
「ふふ、やっぱり若いからですかね。じゃあ嫌いな食べ物は?」
「……トマト。」
「へえ、以外ですね。何所が嫌いですか?」
「青臭いところ。」
「でもケチャップとかチキンライスとか平気でしたよね。」
「あれは、青臭くないし、味も付いてるし……」
「なるほど、調理の仕方次第では食べられる、という事ですね。腕が鳴ります。」
「……小松君、もしかしてご飯にトマト出すの?」
そのココの質問に、小松は黙って意味深な笑顔を浮かべただけだった。
「ふふふ……じゃあ次の質問です。好きな映画は?あと小説はどんなものを読みますか?それから誕生日のプレゼントは何が欲しいですか?やっぱり将来の夢って美食屋ですか?」
「ちょ、ちょっと待ってッ!多すぎだからッ!!そんなに一気に答えられないッ!!!」
「あ、す、すいませんッ!つい……」
次々と浴びせられるように質問される事柄はとても普通の事だった。
だがココはこれまでそんな事を聞かれた事が無かった。
そしてそんな質問をする事も無かったココは、小松ならば聞いても許されるのではないかという伺うような気持ちと、少しばかりの好奇心で思い切って小松に質問したのだ。
「……小松君、質問答えてもいいけど、僕の質問にも答えてくれる?」
「勿論、あ、ええと、その……応えられる範囲でならば……」
やはり小松は当たり前のように受け入れてくれる。
その甘えからなのか、ちょっとばかり意地悪な質問をする。
「初体験いつ?」
「しょっぱなからハードル高ッ!!……企業秘密です。」
「まだなんだ。」
「済んでますよッ!!」
その日、夜遅くまで二人は何気ない会話を楽しんだ。

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