「ええ〜〜、これだけ〜〜?」
「まだ作りますが、丸二日飲まず食わずだったんでしょう?まずはお腹がびっくりしないようにスープからです。」
そう言いながら、小松は物凄いスピードで野菜達を刻んでいく。


ここは研究所内にあるキッチンの一つ。
食を追求する研究所だけあって所内には到る所に調理場が設けられていた。
ここはその内のごく小さな調理場。
小さいといっても下手なレストランよりも設備が整えられている。
そこに小松と子供になってしまった四人が集まり、食事となった。
二日食べていない胃袋にいきなりがっつりしたものは胃に悪いので、野菜の出汁とコンソメのスープからだと小松はトリコに説明する。
出されたスープからは暖かな湯気が立ち上り、警戒しているココさえも湧き出る食欲に驚いていた。
そして一口、スープを含むと優しい味が口内に広がった。
(……美味い。)
自然とその言葉が浮かび、トリコなどはもうお変わりと称して鍋ごとかっさらっている。
サニーもリンも、嬉しそうにスープを呑んでいる。
「サニーさん、リンさん、美味しいですか?」
「……ん。」
「うんッ!」
「ふふ、良かったです。」
そう言いながら小松は次の料理に取り掛かる。
まず、窯で炊いていたチキンライスを大皿に盛りつけちょっとした小山を作った。
その大雑把な盛りつけにココは少々呆れていた。
(六つ星レストランのシェフって、ガセかも……)
だがその大雑把な盛りつけとは裏腹に、トマトスープで炊き上げたチキンライスは格別の匂いで子供たちを魅了している。
トリコなど早速手(口を?)を出そうとして小松にぴしゃりと止められている。
「駄目ですよトリコさん、食事はちゃんとテーブルについて、皆と一緒に食べましょうね。それとこれはまだ完成では無いんですよ。だからもうちょっとだけ我慢して下さいね。」
そう言って小松はトリコの頬を軽く摘んでじっとトリコを見つめる。
「……うん、分かった。」
「はい、いい子ですね。」
頬を染めて頷くトリコを、小松はその小さな手で撫でた。
そのやり取りを見るだけで、この小松という人物が、少なくとも研究所の連中よりは信頼に足る事が出来ると思った。
マンサムや一部の人間を除けば、研究所の人間は基本ココ達に対して無関心だった。
いや、研究対象として執着すぎるほどの関心はあったものの、誰一人として自分たちを人間として扱い関心を示してくれる人間はいなかった。
「ココさん、スープのおかわりはいかがですか?」
突然小松に声を掛けられて我に返ったココは、いらない、と短く答えた。
「そうですか、では今日のメインディッシュといきましょうッ!」
そう言うと、小松は卵を次々とボールに割りいれ手早くフォークで掻き雑ぜる。
次にミルクと塩、こしょうをいれると、バターをたっぷりと溶かしたフライパンに一気に流し入れる。
じゅわわわ、と卵が途端に香ばしい匂いを立て、固まらない内に素早く卵に空気を絡ませながらかき混ぜ、時折フライパンを揺らしトトトンと軽く叩きながら卵の形をあっという間に整えてしまった。
流れるような手際と短時間で、小松の握るフライパンには黄金色に輝く超特大のオムレツが出来上がった。
「つくしー……」
あまりの早業に、サニーなど目を輝かせて見とれているほどだ。
「さあ、これからがメインイベントですよ。」
小松は楽しそうにそのオムレツを、あのチキンライスの小山の頂上にそっと乗せた。
「今から卵の雪崩が起きるから、見ててねv」
そうして手入れの行き届いた小松の包丁が、オムレツにそっと切れ目を入れれば、トロトロに仕上がった卵の雪崩があふれ出し、あっという間にチキンライスの小山を黄金色で覆ってしまった。
「「「ふわーーーーッ!!」」」
子供達は、あっという間に小松の魔法のような技に魅了され、ココは先ほど自分が思った「六つ星レストランシェフガセ説」を撤回した。
(あんな大きなオムレツを焦がさないで短時間で仕上げてるなんて、一流のコックにしか出来ないよ……)
「あとは、トマトケチャップで皆の名前を書いて……と、はい出来上がりましたよ〜〜v」
「「「うわーーーーい!!!」」」
巨大なオムライスには、トリコ、サニー、リン、そしてココの名前が書かれていた。
「さあッ!皆さんで一緒に食べましょうね。ココさんも!」
「う、うん……」
小松に促されて、巨大なオムライスを囲むようにテーブルに着く。
トリコは待ちきれず、口から涎が滝のように流れている。
「じゃあ、頂きます。」
「「「いただきまーーす!」」」
「……頂きます。」
オムライスは、今まで食べたどんなものよりも美味しいと感じた。


その後さらにデザートに巨大なプリンまで出てきた時には、子供達はすっかり小松に懐いてしまった。
トリコなど当然あれだけの量では足りないからと、小松は野菜がたっぷり入ったカレーを作り、トリコは全部平らげた。
お腹がいっぱいになったトリコ達は食事がすむと眠ってしまった。
ココがトリコ達に毛布をかけ終わると、タイミングよく小松が紅茶を勧めた。
「……ありがと。」
「いいえ、どういたしまして。」
何となく二人だけでテーブルについたものの、何を話せばいいのかココには分からず、そっと小松を窺い見れば、自分と同じようにそわそわしているように見えた。
そして先に口を開いたのは、ココだった。
「その……ごめん、さっきは。」
「へ?ココさん僕に何かしましたか?」
「……喧嘩腰でつっかかったりして。」
「それは当然です。トリコさん達を守りたかったんでしょう?だからいいんです。でもお願いします。これからも、僕の作った料理を食べてくれますか?」
「……うん。あんたの……小松君の料理なら、食べてもいい。」
「!!」
急に顔を赤くする小松にココは慌てて近づいた。
「ど、どうしたの?具合が悪いの?」
「……違うんです。ココさんに、あの、今のココさんじゃなくて、子供になる前のココさんにも、「小松君」って呼ばれてたので、ちょっとびっくりしちゃって……」
「そうなんだ……その事なんだけど。本当なの?俺達、本当は成人してて、妙な植物の胞子を吸いこんで子供になっちゃったって話。」
正直、マンサム局長からその話を聞いてはいたが、鵜呑みには信じられなかった。
「本当ですよ。ココさんが27歳、サニーさんは24歳、リンさんは20歳、それでトリコさんは僕と同じ25歳。」
「……え?」
「どうしたんですか?やっぱり信じられませんか?」
「……信じられない。」
「う、でも本当なんですよ。あ、何でしたら携帯で撮った写真見せましょうか?皆さんの写真あるんですよ。」
いそいそと自分のカバンから携帯を取り出そうとしている小松の背中を、ココはじっと眺めている。
(あれで25歳なんて……シェフって言ってたから俺よりは年上だと思ってたけど、せいぜい17歳ぐらいだと……どうしよう。)
ココが何を信じられないか等小松が知る訳もなく、当の小松は自分の携帯電話を持ってココの元に戻ると、何やら悩むココに小松は問い掛けた。
「どうしましたココさん?」
「その……そんなに年上だって知らなかったから……小松君だなんて呼んだりして、ごめん、なさい。小松さん、の方がいいよね。」
その言葉でココが何に悩んでいたのかを知ると、小松は慣れているとはいえ幾分落ち込みながら視線をどこか遠くへ飛ばした。
「……ええと、ココさん、ぶっちゃけ僕、いくつくらいに見えました?」
「最初は同い年ぐらいかなって。でもホテルでコックをしてるって聞いたから17ぐらいかなって……」
その言葉にぐったりとする小松に、ココはオロオロするように小松に謝罪する。
「あの、本当に、ごめんなさい。」
「いいえ、いいんですよう、慣れてますから。」
そこで小松は顔を上げて、何処か照れたようにココを見つめる。
「それに……ココさんには小松君って、呼んでもらいたいです。」
「!!」
その言葉に、ココは何故か心臓が跳ね上がり毒のコントロールが上手くいかず、額にじわりと毒を滲ませてしまった。
(な、何だこれ?!)
「どうしましたココさん?」
小松がココの様子がおかしいのを心配してその手を伸ばし、ココに触れようとした。
その躊躇いの無い行動に更にココは驚き、今度は手のひらにも毒を滲ませてしまう。
「!さ、触らないでッ!!い、今ちょっと毒のコントロールが上手くいかなくてッ!!」
「えええ〜〜ッ!大変じゃないですかッ!い、今マンサム所長に連絡しますから待ってて下さいねッ!!」
慌てて部屋を出ていく小松を見送りながら、ココは自分に起きた変化を何とか冷静に分析しようとした。
そうしなければ毒のコントロールがままならない。
(原因は、恐らく小松君だ……)
小松の何かが、いや違う。
小松に対する自分の何かが、毒のコントロールがままならない程動揺させている。
(分からない……)
分からないまま、ココは痛みの中心らしい胸に拳を押し付けてマンサムと小松が帰ってくるのを静かに待った。

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