▼第一章 
魔法少女リリカルなのはStrikerS Death Tear


戦闘機人事件。

この物語は、その事件の真相を知るべく、唯一の生存者である男の物語である。


第一章「始動」


四月五日

 夜のミッドチルダ。巨大な摩天楼が彩るその影に、男が一人荒い吐息を吐く。目の前には身体中に切り傷が刻み込まれた初老の男性。傷口からは、大量の血液を流し死んだ魚のような光を失った瞳をして倒れこんでいる。とても生きているようには見えない。男は呼吸を整えながら返り血で染まった身体と同じ大きさをする大きな鎌を片手で持ち、死亡した男性の死体を見つめながらを普通の笑顔とは思えない、不吉な笑みを浮かべている。それはまさしく狂気に駆られ、自己満足に浸っている顔である。
 死神。このような人間に限らず、ある一定の条件を満たした生き物の生命を奪うことにより、生きる糧を得ている種族である。外見と中身の臓器は我々のような人間と変わらない。だが、人間とは思えない凄まじい運動能力を持つ。
 その死神の一人のレキは、自己満足に浸り終えると先ほどの狂気満ちた顔から、今にも泣き出しそうな悲しげな顔へ変わる。そして、手に持っていたデバイスと思われる大鎌を待機状態の指輪となり、薬指に装着される。彼は身に纏っていた騎士甲冑を解き、私服へと服装を変えると何事も無かったように裏路地から歩道へと歩き、その姿は夜の闇の中に消えていった。
 こうして、物語は始まった。



 ◇



 ギンガ・ナカジマはいつもの椅子に座りながら、目の前に表示されているモニターを刃物のような鋭い目付きで見つめていた。
 ミッドチルダ西部に拠点を置く陸士108部隊に所属する彼女は、部隊長が父親であるゲンヤ・ナカジマ三等陸佐ということもあり14歳という若さから所属している。そんな彼女が今回、捜査官として担当することになった事件。
 ここ数日に、立て続けに管理局高官が何者かによって殺害されている。後に管理局高官連続殺人事件と呼ばれる事件である。
 犯人の目撃情報は無い。しかし、高官たちには共通点が存在することを、ギンガはモニターで表示されている文章を黙読して気付く。それは、全身に刃物のような物で無数の切り傷が刻まれていること。さらに今回の現場には、一本のナイフが残されていた。しかし、手紋は綺麗に拭き取られており、手紋から犯人を断定するのはできなかった。その為、現在調査班が同型のナイフを扱っている販売店などを調査中である。

「どうしたんですか、そんな顔して」

 黒のオールバックに、高い背丈。一人の男が本を片手で開きながら、ギンガが開いているモニターを覗き込むように見る。横目でその男の姿を確認すると、口を開くギンガ。

「ワタルさんですか。私が今回担当することになった事件なんですが…」
「……連続殺人ですね。昨夜カルタスから聞きましたよ。」

 ワタルは読んでいた本にしおりを挟んで閉じると、真剣な目つきで話す。
 それを訊いたギンガは、えっと…と言って端末に触れて、唯一発見されたナイフと事件関する情報をモニター上に表示する。
 そのナイフの画像を見たワタルは、彼女に悟られないように小さく顔を歪ませた。

「これは……」
「何か心当たりでもあるんですか?」

 椅子に座りながら興味ありそうな顔で詰め寄って訊く。
 どこか困った顔を見せるワタル。何かを決意したかのように目を閉じて、うんと頷くと袖の中から一本のナイフを手に取って見せる。

「あ!それっ!」

 思わず声をあげる。

「違いますよ。これはたまたま、持っていただけです。私には、ちゃんとアリバイもあるんですから」

 それはモニターに映し出されているナイフと全く同じものだった。ワタルはそれをたまたま同じものを持っていたと言うが、一方で自分は犯人ではないと言う。それはそうだ、ここ数日彼は部隊員と捜査続きで、昨日はようやく担当していた事件が解決し、ギンガの上官であるラッド・カルタスとバーで一晩近く飲んでいた。それはカルタス本人が、数時間前の休憩時間に聞いた。
 しかし、事件が発生した数日前からから調査しているにも関わらず、調査班から見つかった連絡は無い。なのに何故彼が持っているのか。

「でも、どうしてこれと同じ物を?」
「それは、これと同じのを持っている人の元へ行けば分かりますよ。行ってみませんか?ギンガさんも良く知ってる人ですよ」

 内ポケットから愛用の黒のサングラスを掛けると、ワタルはそっと手のひらを彼女に差し出した。
 しっくり来ない顔をするギンガ。それでも、事件の手がかりになるかもしれないと思い、コクりと頷いた。



 ◇



 その移動中、ギンガは強烈な吐き気に襲われていた。
 場所はワタルが運転する自動車の助席。彼が持つ黒い車は、外見では何の変哲もない車だ。だが内部は、エンジンから始め隅々まで彼の改造が施されている。それによって、本来の一般乗用車の速度の限界を超え、スポーツカーに匹敵する速さを出すことが出来る。
 さらに彼の運転は、これで免許を取れたのかと疑わせるほどの荒さで、あまりの酷さに口を覆いたくなるほどの不快感を感じた。それでも、本当かどうか怪しいところだが、今まで彼は事故を一度たりとも起こしていないと言う。
 そんな訳で助席で身体を揺らされながら、ギンガは胸に込み上げてくる吐き気を必死に堪えていた。
 突然の急ブレーキ。
 車体が大きく揺れ、彼女の身体も前後に大きく揺れて歯を食いしばった。気付くと車は停車し、とある場所へと到着していた。口を覆いながらゆっくりと車から降りて辺りを見渡す。
 どこかの一般道に駐車したという事は分かったが、正確な位置は分からなかった。ギンガは近くに設置された看板に目をやると、ここはミッドの中央区画だということが分かった。

「大丈夫ですか?」
「……はい、なんとか……」

 答えるギンガだが、未だ吐き気に耐えていた。
 何故、彼女がこんなに具合が悪そうにしているのかということを考えることも無く、ワタルはサングラスを外してゆっくりと歩き始めた。その眼は、刃物のように鋭かった。
 眉をしかめたギンガは、淡々と目的地へと歩くワタルを追いかけた。

「ここですね」

 ワタルが脚を止める。
 車を止めたところから少し歩き、裏路地に入ってすぐの場所だった。目の前には、コンクリートの壁と一緒設けられた一枚の扉。木製で大きく佇む扉には’close’と書かれた看板が掛けられている。どうやら、ここは何かのお店なのだろう。
 そう思考を巡らせてる間に、ワタルは扉を開けて店内に入った。
 扉の向こうは広々とした空間が広がっており、オレンジの電球が店内を薄暗く照らしている。その奥にカウンターが設けられているところに、バーテンダーの服装をした男が一人、黙々とグラスを拭いていた。
 男は店を訪れた者がワタルだということは、確認せずとも分かった。なぜなら、今店は準備中。いくら常連客が多いこの店でも、準備中に訪れるものは居ない。それでも、唯一そんな準備中にも店を訪れるのは彼しか居なかった。

「今日は何のよう?兄貴」

 男は店を訪れたのがワタルだけだと思ったのか、普段どおりに兄貴と呼ぶ。
 その言葉に、一緒に訪れたギンガは口を両手で覆った。それは気分が悪くなったではなく、目の前に映る男の姿に驚いたからだ。

「お前に会わせたい人が居てな」

 それを聞いて初めてここにワタルだけではなく、誰かがこの店を訪れたことを知った男は、目を見開いて扉の方へ視点を向けると、さらなる驚きが現れて彼の手の動きを止める。
 ワタルの後ろに佇む一人の女性。それは何年ぶりの再会だろうか。だが、その姿は見慣れており久しいとは思わなかった。それでも男は、見つかってしまったか、と胸の中で呟いた。

「レキさん……」

 再会したのも束の間、レキの表情が強張る。沈黙が店内を覆う。

「兄貴。どうして彼女を、ギンガさんを連れてきた」
「だから、お前に会わせるためだと言ったろ」
「何故だ?」

 ワタルはギンガに見せたように、事件で発見された同型のナイフを取り出してみせる。

「此処一週間で、管理局の高官が立て続きに殺害されてる。現場にはこれと同じものが発見された。レキ、それはお前のものだろう?隠さなくて良い。素直に答えてくれ」

 驚きとともに言葉が詰まった。ワタルが話しているのは真実だった。しかし此処で真実を話せば、高官連続殺人事件の犯人となって身柄を拘束されてしまうだろう。
 それでも、ワタルの口調はレキを安心させる口調だった。そんな言葉に乗せられたようにレキの口が開く。

「……ああ、そうだ。俺が高官達を殺した。確かに、俺はあんたと同型のナイフを使っている」
「そんな!?」

 告白するとグラスを置いてキンガの方へ視点を変える。

「ギンガさん。折角の再会が台無しですが、心配しないでください。そうだろ、兄貴」
「ぇ?」

 ワタルは小さく微笑んだ。レキは分かってしまった。わざわざ彼が自分を逮捕するために、此処へ来た訳ではないと。

「ああ。だがそれを話すには、一旦隊舎まで来てくれ。もう一人、会わせたい人が居る」
「あのーワタルさん。どうなってるんですか?」
「まぁ、そう慌てないでください。隊舎でちゃんと話しますから。とりあえず戻りましょう」

 何がどうなってるか分からず、混乱しているギンガに話すと、ワタルは二人を愛車に乗せ、爆走とも言える速さと荒々しい運転で隊舎に戻っていった。
 その間、ギンガが再び吐き気に襲われたのは言うまでも無い。



 ◇



「レキ?何者だ」
「知らないのですか?」

 発足されて間もない機動六課の廊下は、移動中の部隊員が忙しそうに書類などを持って、目的の場所へ歩いている。
 その中に、悠々と何も知らない口調で訊く男と、予想外な言葉に呆れた声で質問を質問で返す女性。アルは首を傾げて記憶を探る。
 
「ああ。初めて聞く名前だ」

 真剣な顔で話す彼に、呆れたのかそれとも唖然して言葉が出ないのか、リバルはがっかりした表情でため息をこぼした。そんな彼女の反応に、流石に顔をしかめる。

「で、何者なんだ」
「……死神レキ。第六代目魔王親衛隊隊長を務めていた、死神ワタルの弟さんです」

 死神。その単語を聞いたアルの表情が強張る。
 それだけではない。死神以外にも引っかかる単語が。いや、名前と言うべきだろう。
 死神ワタル。彼の義父となる、第六代目魔王テイク・クライアントの親衛隊隊長を務めていた男。しかし、アルが魔王となり義父を暗殺した後、強大で危険すぎる彼の力を恐れ、魔界から去るよう促し、ワタルは魔界を去った。
 それ以来、16年間会っていない。

「残念ながら、8年前ある事件の捜査中に殉職しています」
「ここ(時空管理局)の局員だったのか?」
「はい。ですが、ここ最近話題となってる高官連続殺人事件の犯人が彼だと判明しました」

 ほう。とその言葉を聞く。だが、それはすぐに疑問へと変わる。
 彼は8年前殉職しているにも関わらず、なぜあの高官連続殺人事件の犯人となると言うのだ。亡霊が蘇ったというのか?

「リバル。それはどういうことだ」
「彼は生きています」
「何故だ。蘇ったとでも言うのか?」
「それについては、部隊長と一緒に話しますので」

 と言い、気付けばはやてが居る部隊長室の目の前に二人はいた。
 入室の許可を得る前に、服装が乱れていないか確認する。

「大丈夫ですね」
「──当然だ。……失礼します」

 短く応答した後、扉越しに声を掛ける。すると、どうぞー。という声が返ってきた。
 そして、二人はゆっくりと扉を開けて入室する。

「来たぞ、はやて」
「うん。ちょっと待っててなぁ」

 はやては、モニターを見つめながらバネルを叩いていた。書類を片付けているのだろうか。
 その間、アルは部隊長室を見渡す。何度も入室して見慣れた部屋だ。だが、何かが足りない気がする。いや、居ない気が。

「はやて、リインは?」
「ああ、リインならシャーリーのところに行ったで」

 この時期、シャーリーは新人たちの新しいデバイスの製作に追われていた。
 スバルとティアナは、使い古したデバイスでこれから使っていくには厳しいものだった。それに比べ、エリオとキャロはデバイスと言った物を所持していない。それだけではなく、今回のデバイス製作のついでにヘレンとリバルのデバイスの点検および、古くなったパーツを交換し新式に改良する事になり、ヘレンはその様子を見に行っている。リインも目的は似たものだろう。

「うんっしょ。お待たせな二人とも」
「──いえ」

 はやては部隊長席から立ち上がると、扉の近くに設けられている大きなソファーに腰掛ける。

「さて、どこから話せばええんやろ?」
「先ほど死神レキについては、私からご説明しました。そして、今回の高官連続殺人事件にて彼が現在、陸士108に居るようです」
「陸士108部隊は、お兄さんが所属してるところやろ?」
「はい」

 頷きながら答える

「なら、今から行こうか?」
「直接彼らから話を聞くというのか」
「まあ、そんな感じや。本人たちから直接話が聞ければ、アル君にも今回の件説明し易いからね」
「では早速、車の用意を」
「──うん。お願い」

 リバルはそう言って、車を用意し自ら運転し昼間のミッドチルダを駆けた。



あとがき

どうも、ご愛読有難うございます。
久しぶりに連載スタートです。今回は少し書き方を変えたのですが、大変です。
時間掛かりますが、その分自分が説明したかったところを書けたりするので、ちょっと良かったりします。
日記でも書いたと思いますが、今回から今までは一週間程度で更新していましたが、今回からは二、三週間程度余裕を持って更新していきたいと思います。
今回更新するSSは久しぶりなので、多分また毎度のように誤字が見られるかもしれませんが、多めに見てやってください|||orz
では、これからのんびりな感じですが、よろしくお願いします!
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