▼第十六章 
魔法少女リリカルなのはStrikerS Death Tear


第十六章「ジコホール」


 対峙する二人は握手や挨拶といったこともせず、ただ見つめ合っていた。少しして、フェイトから目を離して衝突したブルドーザーへと近づいて現場検証を始めて、小さな部下二人を近くに呼び出した。何かを伝えているようだが、小声で聞き取ることは出来ない。
 会話はすぐ終わり、その内一人の少年がこちらに駆け寄ってきた。
「失礼します。機動六課ライトニング所属、エリオ・モンディアル三等陸士です。レキ捜査官ですか?」
「……、」
 質問に答えて、レキはこの少年の事を思い出す。戦闘機人との戦いの後、八神はやてに捜査協力の挨拶に向かう最中にすれ違った少年だと。もう一人彼と共に居た少女も、事故現場に群がっている野次馬に対して声を張っているが、その彼女もその時にすれ違っていた。
「フェイト・T・ハラオウン執務官から、事故の処理が終わり次第お話したいとのことなのですが、よろしいでしょうか?」
「その事故の処理はいつ終わる?」
「先ほど応援を呼びましたので、それが到着次第現場を預けることになりますので、応援が到着するのに15分程掛かると思います」
(15分、ねェ……)
 レキはそれを承諾して、近くの喫茶店で待つことをエリオに伝えた。その喫茶店の隅っこの窓から事故現場を伺う事が出来、管理局の応援はエリオが話した通り15分程で到着した。

「お待たせしました。レキ捜査官」
 喫茶店に現れた彼女に、レキはホットドッグを喰らっていた。料理する為の材料を買いに来たにも関わらず、事故によってそれができない以上、適当に済ませるしかなかった。
 何かを気にしたのか、レキは彼女の後ろを見る。しかし、彼女の部下である二人の姿は無かった。ホットドッグを一気に食べ終え、口を開いた。
「……、おい。あの二人はどうしたンだ?」
「部下は、この件には関係ないので先に隊舎に戻らせました」
「随分と若い部下を持ってるじゃねェか。今も昔も、人手不足は変わねェってか」
 その時フェイトは、二人との出会いを思い出していた。居場所がなく、ただ泣いていた二人を保護し居場所を作ってあげた自分に対して、皮肉じみた顔話すレキの言葉は、不快でならなかった。
「で、何用?」
 その問にフェイトは、向かい合うように椅子に座ると、制服の内ポケットから一枚の茶封筒を取り出して机に置いてレキに差し出した。
「これを、アル=ヴァン教導官から」
「王様から?」
 一見変哲も無く、膨らみも無く、入っているのは小物か手紙かと思って手に取ろうとする。
 しかし、触れそうになったときレキの手がピタりと留めた。
 仮に中身が王様からの手紙だとすれば、厄介事に巻き込まれる可能性がある。もちろん、機動六課に協力している自分に対して、何らかの情報提供も考えられなくは無い。だが、もし魔界に関係するものであれば、極力避けたいと思った。
「おい。この中身は、王様から聞いてンのかよ」
「えっ。いや、別に聞いていないのでどのような物が入っているかは」
(チッ、ようは拒否権なんて無いようなもンじゃねェか……)
 まるで王様が、この封筒から命令を下しているような気がして気に入らない。舌打ちをしながら、そっと手にとって中身を取り出す。すると、綺麗に折り畳まれた一枚の手紙が現れた。
 その内容は至ってシンプルなもので、無数に存在する次元世界の中で指折りに入る凄腕ハッカー ジコホールとコンタクトを取れ。というもので、魔界出身である彼が戦闘機人事件の手掛かりを得たことを直接王様に連絡したようだ。
 ジコホール。レキは過去に一度、彼と出会っていた。次元世界オルセアにて、レディオ攻略作戦に参加している時に、彼の協力により作戦を成功させていた。余談だが、レキの数少ない友であるユルトは、そこで顔を負傷している。
「どうやら、王様は思ってた以上にヤル気じゃねェか」
 何か遊び道具を見つけた子供のように笑うレキは、手紙を懐にしまって席を立つ。
「何が、書かれていたんですか?」
「あァ?それは教えられねェな。悪いことは言わねェ、あまり詮索するな。互いの為にもな」
 ご苦労さん。と別れ言葉を残してフェイトを残して、喫茶店を後にした。置いていかれたようにキョトンと座り込んでいる彼女の前に、白髪の老店主がコーヒーを差し出した。
「あの私、別に」
 頼んでいもいない。と言おうとした時、店主が笑顔でテーブルに目を向ける。それに釣られる様にテーブルに目を向けた。
するとそこには、そのコーヒー代となる一枚の金貨が置かれていた。





ジコホールの隠れ家に着くには、そう時間は掛からなかった。
中央区画で首都クラナガンの中であり、地上本部からは1km圏内に存在する彼の活動拠点。灯台下暗しとはよく言ったものだ。とは言うが、管理局も彼に協力を仰いで情報提供して貰い、難事件を解決してきた例もある。ハッカーとして捕まえたい一方で、上層部は彼を上手く利用したい思いで一杯なのだろう。
そこは、地上本部へと続く大通りから路地に入り、小さな雑居ビルが立ち並ぶその中の一棟の地下。そこに彼の活動拠点は存在する。その地下に入るためには、まずはビルの間を通り抜けて裏口からビルに入る必要がある。華奢な体をしたジコホールだからこそ通れる細い道で、プロレスラーや軍人ではとてもじゃないが通ることは不可能だ。レキも、途中の至るところで体が挟まり、抜けるのに一苦労だった。
裏口に辿り着くと、一人の青年が腕を組んで壁に身を寄せていた。髪は青で、ジコホールに似た華奢な体でジーパンに黒のYシャツを着こなしている。
「……ハぁ、ポッド。来てやったぞ」
 青年の名を呼んだレキの言葉に、ポッドは目を覚ましたかのようにゆっくりと目を向けた。
「ん、あれ。旦那、どうしてここに?」
「ハァ?」
「え?」
二人は、互いを見つめながら首を傾げた。
レキは王様からの命令でここまで来たというのに、見張り役を勤めるポッドはそれを理解していないように見える。
その一方のポッドも、何故レキがここに居るのか理解できていないようで首を傾げている。
「何を言ってンだテメェ。テメェの主であるジコホールが王様経由で俺にコンタクトを取ろうとしたンだろ?だからこうして来てやったンだ」
 その話を聞いても、ポッドは不思議そうな顔をしている。
 そして、レキを疑うように顔に近寄って「おかしいですね……ついさっき、旦那と同じ顔をした人が来たんですよ。あなた本当に、レキの旦那なんですか?」
「ナニを……いっ、てるンだ……」
 おかしい。その発言は明らかにおかしい。ジコホールとは過去に一度だけ会っているが、こうして会うのは数十年ぶりだ。それにも関わらず、ポッドのその発言はレキの頭に混乱を招いた。
 そして、一つずつパズルを解くかのように情報を整理していく。自分と同じ顔をした人物が、ついさっき来た。そして、自分は今ここに居てこの世界では不必要な存在。
(───────!!)
 答えは簡単なものだった。
「そいつは偽者だ!この馬鹿がッ!!」
 そう言い放つと既にレキは足を動かしていた。地下へと続く階段を数段飛ばしで下りていく。階段を降り終えると、彼の部屋へと続く長い廊下が続いていた。その天井には、侵入者を排除する為に設置されたガンカメラが数台こちらに向けられていた。
 過去に会いにいった際には、ポッドが一度入口でジコホールに連絡を入れ、彼自ら入口の小型カメラで相手の顔を確認し、その防衛システムを停止させて相手を中へ入れる手順だった。しかし、今は緊急事態だ。死神甲冑を身に纏い、懐から数本のナイフを取り出しガンカメラのカメラに直撃させていく。
「──や───ぼく─────なっ!」
遠くからジコホールに似た悲鳴が途切れ途切れに聞こえる。
大鎌の絶影を手に取り、廊下の扉を蹴り開けた。すると、目の前に大広間が広がり豪華な装飾が施されていた。しかし、今はそれらを見ている場合ではない。その奥に、血まみれになりながら、地を這って逃げている男がいる。
銀色の髪に華奢な体をした美青年。
ジコホールだ。そんな彼の前に絶影と同じ大鎌を持った男が佇んでいた。
その顔は紛れも無くレキ、そのものだった。変身魔法で装った偽者は、レキの存在に気付くと嘲笑うかのような笑みを見せ、大鎌を大きく振りかぶる。
最悪の光景が脳裏に過ぎり、偽者に突進する。
しかし、偽者は止めない。そのまま大鎌を振り下ろし、肌を無数に切り裂かれ顔を歪ませたジコホールの胸へ突き刺さった。
「……あっ、がっ……」
 ジコホールは力を無くした声を上げ、仰向けになりながらこちらに助けを求めるように手を伸ばしている。
「テメェェェェェェエエエエエエ!!」
 地面を蹴り、偽者に突撃する。偽者はすぐさま大鎌を引き抜くと、ゲヘナ式魔法陣を展開する。そして、魔法陣から凄まじい光が辺りに飛び散りレキの視界を奪った。
「───────────ッ!?」
 光をすぐに消え、閉じていた目を開けると偽者は既に姿を消していた。
「……チッ、ゼロシフトの応用か」
 瞬間移動魔法を使われた以上、これ以上追う事はできない。歯軋りしながらも、重症のジコホールのもとに駆け寄る。
「おい、ジコホール!しっかりしろ!」
「……ぁぁ、レキ…さん……ッ!!」
 お前を呼ぶと、それに続くように大量の血液が口から噴水のように溢れだして来る。それを見てレキは、もう助からないと判断すると「ジコホール……俺に伝えたかった事ってなンだ?」
 瞳孔まで開き、息が荒くして必死に何かを言いたそうに口を動かすジコホール。自分ももう助からないと悟ったのか、しゃがんでいるレキの膝を強く握り締めて最後の力を振り絞る。
「……ぅ、ぁ……レジ…、ぁ……スを…───」
「レジ、アス?」
「…ぉ…追え!!」
 歯を食いしばり、必死にレキにその言葉を伝えるとジコホールは、力尽きるように息を引き取った。レキは彼の目を閉じ、ありがとう。と、せめての感謝として礼を告げた。

(──レジアスを追え)

ジコホールの最後の言葉が頭の中で再生される。レジアスと言えば、このミッドチルダと言えばあの男しか居ない。
首都防衛隊代表レジアス・ゲイズ中将。
この時空管理局地上本部のトップというべき存在であるこの男。まさか、そんな男が戦闘機人事件と関係があるというか?スカリエッティと組んでいるとでも?いや、逆に考えればそれほどの権力があるからこそ、天才科学者でもあるスカリエッティと組むことで、何かを企んだ。そして俺たちは、偶然にもそれにハメられた?
そんな馬鹿なことがあってたまるか。俺たち公僕は、管理局の正義を誇りに思って任務を全うしてきた。もし、レジアスが本当にこの事件に掛かっているとしたら、俺は……
考えれば考える程、深い迷宮にさ迷うかのように頭が混乱していく。そんな中、遅れてポッドが追いつくように現場に到着する。
「っ!?ジコホール様!そんな……旦那、これは一体……」
 悲惨な現場を目にしたポッドは、血まみれの主のもとへ駆け寄ると手を震わせながらジコホールの遺体を確かめるように頬を触れる。
「……すまない。俺を装ったヤロウが、ジコホールを」
「ウソ、ですよね……」
 レキは何も言わない。
「嘘だと言ってくださいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 ジコホールの死は、ポッドの日常の崩壊を意味していた。
 彼らと初めて出会ったときには、既に二人は共に暮らしていた。
 この死がどれほど辛いものか、想像に絶するだろう。それと同時に、レキの脳裏にはクイントが死んだ戦闘機人事件の映像が蘇る。
 悔しさを飲み込み、レキはそっと彼の肩を触れるとそのままその場を後にした。
 向かうは、ミッドチルダ地上本部の最上階。
 本当にレジアスがこの事件に関わっているかは分からない。そして、それを確かめる手段も持ち合わせていない。だが、レキは向かわずにはいられなかった。最悪、管理局の全てを敵に回してでも、あの男から聞きださなければならない。
 最後の力を振り絞り、必死に情報を伝えてくれたジコホールの為にも。
 レキは再び怒りと決意を胸に秘め、歩き出す。向かうは、時空管理局地上本部。
 ミッドチルダの中心部に聳え立つ、天へ最も近い所へ。
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