▼第十五章 
魔法少女リリカルなのはStrikerS Death Tear


第十五章「黒と金」


 店が壊れた。
 正午。レキ・ゲルンガイツは窓ガラスが割れ、出入り口の扉も機能していない(扉はレキが蹴り壊したものだが)悲惨な状態の店の前で立ち尽くしていた。原因は数日前に戦闘機人と思われる男に襲われ、店内の装飾品から貴重な酒が破壊されてしまった事だ。そして今日となってよくやく、一旦店内を全て壊してから修理される事になった。
 このバー『Devil Tear』は、レキがミッドチルダを訪れてすぐに開いた店だ。それと同時に、彼の大切な家でもあるのだ。一階は仕事場であるバーとなっており、後ろには厨房へと繋がっていてそのまま裏口に出ることができる。二階は彼の私室となっていて浴室と寝室が備わっている。そんな家が一階だけとはいえ、全て壊されるというのは寂しいものだ。それと共に警戒心が疎かだった自分に対する怒りも生まれていた。
 そんな彼の隣に、男が一人同じように店を見つめている。背はレキの半分程しかなく、後ろから見れば子供と間違われてしまうほどだ。
「旦那。まさかこんな事になっちまうとは、残念ですな」
 まるでこの店が、自分の店かのように男は残念そうに言う。
ユルト・ヴァロージャ。
背が1メートルにも満たないというのに、その身には高級感が溢れる白のスーツを特注サイズで着こなしており、黒と赤の縞模様をしたネクタイが輝いている。それと同時に、顔の左頬のところに焼けただれているのが目に付く。
ニ〇代前半の顔を持つ彼だが、実年齢は88。レキと同じ魔界出身者で、レキがミッドチルダを訪れる前、各世界を転々としていた際に共に行動していた数少ない友で、今現在は店に常連客として来客している。その彼の頬のただれは、共に過ごしていて負傷した際にできたものだ。それでも彼は傷をあえて、残している。
「まさか、ここが嗅ぎつけられるとはな。いや、よく考えてみれば俺が迂闊だった。いくらステルス機能をこの店全体に付けよォが、管理局に場所が特定されちまえばその情報がスカリエッティのヤロウに流れる可能性だってあるのによ」
「それはもう、過ぎちまった事なんて考えても仕方ねーですぜ。それよりも、暫くは何処かで身を隠したほうがよろしいのでは?」
「ンなこたァ嫌でも分かってる。わりィが、店の事は任せるぜ。こっちから連絡するまで、下手な行動はするなよ?」
「了解ですたい。──ところで、旦那。先日襲ってきた男については、何か分かったんですかい?」
 威勢のいい声と共に帰ってきた質問に、レキは思い出したかのように顔を曇らせる。
 レキは男の正体について一人の人物像を思い描いていた。いや、その男以外考えられなかった。レアスキル『浮刀術』を操ることができる男。固有の能力を、人造魔導師といった技術があれば複製することは可能だが、レアスキルは違う。その能力そのものが、相手を選ぶもので『浮刀術』は術者の正統なる血統を持つ者でなければ、たとえ複製できたとしても能力そのものが拒否反応を起こし術者の体を破壊してしまうのだ。
 だからこそ、『浮刀術』を使える人物は魔王親衛隊ヘレンと同じ血統を持つ者としか考えられない。そして、ヘレンに子供が居ない以上、考えられるのはただ一つ。
 だが、それは有り得ない事だ。
「……、まあな。隠し子とか居たりしてな……」
「?」
「とにかく、そっちは任せる。俺はこれから寄るところがあるからよ」
「ああ、旦那!」
 立ち去るレキを慌ててユルトが呼び止める。
「あァ?」
 振り返って彼の手元を見ると、その手には一丁の拳銃が握られていた。
 ベレッタM92。
 ユルトが古くから愛用する拳銃で、デバイスよりこれを使用していた回数が多いと記憶している。それほど、この拳銃を信用していたのだ。だが、何故これが差し出されているのか。
「いざという時に使ってください。場所によっては、こいつの方が使えます」
「おい、これはオマエが大事にしていたヤツだろ。どうして俺なんかに。別にこんなに頼るつもりはねェよ」
「いいや。今の旦那には、こいつが必要ですぜ。護身用に持っておいて下さい」
 銃の扱いには慣れているが、ここ十数年手に取っていない。ユルトが銃を信用している反面、レキは銃に信用を持つことは無く、関心もなかった。それとは関係ないが、ミッドチルダに居る以上、実質兵器を持つというのは逮捕されるリスクが上がる。
「……仕方ねェな。でも、こんなもん平気に出すんじゃねーヨ。バレたらどうすンだ」
「ヘヘヘ、すみません。ま、見つかっても言い訳はどうにでもなりますよ。今じゃ、実弾銃を使うデバイスだってある時代ですしね。どうか、気をつけて」
 とはいえ、目の前にこれを所持していて逮捕されていない男が居るわけで。きっと彼しか分からない手品でもして誤魔化したんだろう。今言った、実弾銃のデバイスにすり替えたような手品で。
そーかい と。レキはそれを懐に仕舞いこみ、軽く手を振ってユルトと別れた。





 店から30分ほど歩いて中央区画のとある一軒家に辿り着く。ガレージが設けられているその家は、兄ワタルの家である。ガレージは彼がメカニックとしての副業としての作業場でもある。レキが襲撃された後、ワタルに連絡を入れた際、好きに使えばいい。とのことで鍵を受け取って、こうして訪れたわけだ。
 中に入ると時折帰っているのか、意外と綺麗な状態だった。綺麗好きでもないワタルがこうも綺麗に掃除しているのは、妻であるレイヌの存在が大きいだろう。そんな中の状態に少し関心しながらリビングにあがり、そのままキッチンに直行する。
「……、」
 冷蔵庫を覗くと、予想通り家を空けるということもあり保存期間が長い物か冷凍用品しか入ってなかった。
「……買い物に行くか」
 
 少し歩き、最寄の商店街に入ると目的のスーパーがあった。しかし、何かがおかしい。普通ならスーパーの出入り口には買い物を終えた主婦たちが買い物袋を持って、何を買ったか互いに見せ合ったりしているが、このスーパーには群集ができていた。
 レキは興味本意で近寄って群集の中に入り込んで覗き込むと。

出入り口にブルドーザーが丸ごと突っ込んでいた。

一般人から見れば、事故にしか見えなく恐怖するが、レキは死神として危険と感じる感性が狂っているせいか、それがまるで手術台の上のミシンとの不意な出会いのように見えて、首を傾げた。
これでは買い物が出来ない。違う店に向かうには、ここから更に10分ほど歩く必要がある。流石に家から歩いてきたにも関わらず、さらに歩く事になるというのは理不尽で苛立ちを覚えた。
ため息を吐いて立ち去ろうとした時、後ろから、「管理局の者です!ここは危険ですので、離れてください!」
何かと思い、振り返ると黒の乗用車から金髪の女局員が群集に向けて叫んでいた。凛々しい顔つきに、執務官の象徴とも言える黒の制服。そしてその後ろには、桃色の髪と紅蓮の髪をした子供が立っていた。
そして執務官は、群集に向かって歩いていくとレキの存在を気付いて驚いた顔を見せる。
「……あ、あなたは!」
 レキは何も答えず、心の中で身構えた。何故なら彼女が八神はやて、高町なのはに続く管理局のエース、フェイト・T・ハラオウンだからだ。
 こうして、死神と金の閃光は意外な場所で出会った。
スポンサード リンク