▼第十四章 
魔法少女リリカルなのはStrikerS Death Tear


第十四章「襲来」


 レキ・ゲルンガイツは子供嫌いである。理由を説明するには記憶を遡る必要だが、簡単に言うと、過去に子供から苦い経験をしているからだ。そんな彼は、戦闘機人クイントと再会して数日後の夜、丁度バーが定休日の日を狙ったかのようにスバル・ナカジマが訪れていた。
 カウンター前の椅子に座っている彼女だが、普段なら六課の訓練が終了し、隊舎で身体を休めているはずだが、話を聞くと今日は特別に外出の許可を取ってきたという。理由は、聞く必要もなく分かっていた。
 バーテンダー姿ではなく白のYシャツに、下はジーンズの上に腰エプロンという姿で仕込みをしていたレキだが、彼女の来訪によりそれは一時中断。もてなしとして、ガラスの皿に半球型のアイスクリームが3つ盛り付けられたものを用意した。
「……ありがとうございます」
目の前に皿が置かれ、スプーンを手にとって一口。
甘い果実の香りと酸味が、口の中でふんわりと広がっていく。大好きなアイスクリームの味だ。アイスクリームは溶け、それを飲み干すと微かに笑顔がこみ上げてくる。それを見て髪を掻きながら安堵するレキは、隣の椅子に座って彼女の様子を伺う。
「デカくなったんだな。あの頃のお前からは、考えられないよ」
 こうして顔を合わせるのは、『戦闘機人事件』前にクイントの家を訪れた時以来だ。子供嫌いの原因でもある出来事が起こったのも、クイント宅である。しかし、こうして8年振りに再会してみると、あの頃のスバルがこんなにも頼もしく見えるとは思いもしていなかった。
「……強くなりたかったんです。なのはさんに憧れて、なのはさんみたいに沢山人を救える人になりたいって」
「そうか」
「でも良かったです。”レキさんが生きていて”」
「それより、クイントさんの方が気になるんじゃないのか?」
 それを聞いた途端、笑顔だった彼女の顔が曇る。動いていたスプーンも止まって、皿に置いてしまう。レキからしては、彼女が此処を訪れたのはクイントの事が理由というのは分かっていた。それに悩んでいたのはスバルだけではなく、レキも同様だった。
「母親が生きていたんだ。気になるのは当たり前さ。俺だって、嬉しいよ……」
「これからどうするんでしょうか?六課は、八神隊長はどう考えているのでしょう」
「あの狸娘は何を考えているか俺にも分からん。だが、俺と同じようにクイントが生きていた以上、必ず助ける──」覚悟の眼を持ち、力の限り拳を握って「──絶対に」
 自分の決意を言い聞かせるように話したレキは、一息ついて
「で、今日は何しに来たんだ。ただ俺の顔を、見にきたわけじゃないんだろ?」
「──えっ!?」
「まさか…本当に、それだけの為に来たのか?」
「……駄目、でした?」
 スバルは少し頬を赤く染めながらも、上目遣いで問いかける彼女は幼かった頃の彼女ではなく、一人の女性として美しく、可愛く見えしまった。
「っ、いや、そんなことはないぞ!せっかくこうして再会できたんだ。俺もお前に会えて嬉しいよ」
 とは言うものの、子供嫌いの元凶の一人とも言える彼女だったが、そんな事など今の彼には関係ないのかもしれない。
「こうして会ってみて思った事が。レキさん、あの頃と全く見た目変わっていないように見えるんですけど」
「ぁっ、それはな……」
 ここで自分の正体を明かすのは果たして正しい行為なのだろうか?それとも、スバルは死神という存在だと知っていて話しているのか。今のところ、それを確証する言葉はない以上聞いてみるしかない。
「──お前は、俺のことを何処まで知っている?」
「え」
 スバルの顔は、ほんの一瞬おどろいた顔をしてすぐに、頬の赤みが広がって真っ赤なリンゴへと早変わり。彼女の声に驚いたレキは、スバルの顔に視線を移すと恥ずかしそうに体をもじもじしている彼女が居た。
 それを見たレキは、忘れていた子供嫌いという記憶が蘇る。
(なんなのこれ……)
「いや待てよ。どうしてそこまで恥ずかしがるんだ?」
「だって、レキさんがそんなことを言うから……」
 言うまでもないが、レキはクイント一筋である。
「ふざけんな!別に俺はお前が俺のことをどう思っているかなんて聞いてねーんだよ!」
 そう、仮にスバルがどのような想いを抱いたとしても、レキはそんなの相手にすることはない。呆れたレキは、丁寧に話を進めようと
「だからな。俺が言いたいのは、俺がどこの生まれかを──」
 知っているか。と話を進めようとしたその時。レキの死神としての本能が、近くに存在する殺意に戦慄する。

「伏せろ────ッ!」

 危険を予知したその声と共に、スバルを包むように抱きしめて床に倒れこむ。
 それと同時に、小さな窓と扉から無数のナイフが破壊音と共に突き抜いてきた。それらは一定の高さを狙っていて、店内の装飾品やボトルに突き刺さる。店内は、一瞬に多くの酒の香りが混ざり合い、酷い臭いと化していた。
「おい。立てるか?」
「はい、大丈夫です。一体何が…?」
レキは眼を通常モードから暗視モードへと変え、薄暗くなった店内から外の様子を見ると、マントを纏って顔を隠している人が見えた。体系からして、男のようにも見える。
「どうやら、お客さんみたいだぜ。スバル、お前は厨房から裏口に出て裏を取れ。敵は正面、俺が引き付ける」
「でもそれではレキさんが──」
危険ではないかと心配したが、レキはそんな彼女の言葉にイラついて「年上の言う事ぐらい、信用しろ!」
そう言い放つと、バリアジャケットを身に纏い、破損した扉を蹴り壊して外に出た。眼の状態を元に戻すと、月の光が微かにその男を照らしていて少し離れた場所に立っていた。
「この前は、随分と手荒な歓迎をしてくれてありがとよォ」
 対峙する男は、二週間ほど前に路地裏で襲ってきた男だった。同じマントを纏い、物質変換魔法により精製されたナイフ。間違いないだろう。さらに、レキは男の格好について気が付く。それは、先日出会った戦闘機人たちが装備していた青のボディースーツ。
「まさか、アンタも戦闘機人──いやァ、スカリエッティの一味だったとはな。あの時遭った時から、俺を狙う奴らとしたら管理局かスカリエッティのどちらかの勢力かと思っていたがよォ……」
「………………………………………………………………………………………………」
 しかし、男は前と変わらず何も答えない。
「ハァ!相変わらずのダンマリかヨ!なら、さっさとあの時の借りを返させてもらうぜ!」
 レキは絶影を起動させると、すぐに地面を蹴り飛ばす。弾丸のように駆けるその体は、一瞬にして男の懐の中へ飛び込んだ。
「オラよぉ!!」
 感情に満ちた怒号と共に放たれた上段からの一閃は、生憎にも空を裂いた。
 男は上空へと飛翔し、隣のビルの屋上へ移動していた。それを確認してすぐに大声を放つ。
「スバル!」
 合図を受けたように、スバルが上空に姿を現す。屋上までウイングロードで上り、相手を確認するとヴイングロードを飛び越え、男の背後へそのまま殴りかかる。
 男は振り返ると、そのまま後ろへ大きくバク転するように飛翔し、距離を取ってそれをかわす。着地してすぐ、男は裾からナイフ型デバイスを取り出して魔法陣を展開する。
 その魔法陣はひし形の魔法陣をしていて、その形は魔界で生まれたゲヘナ式を意味していた。
「これって……」
 それを見たスバルは六課の魔界組みを思い出して歯噛みする。そこでスバルは、男の周りで”無数の緑色の粒子のような何か”を目にする。それらは、何箇所に分かれて集まりあうと、白銀のナイフへと姿を変えた。
それを見て、思い出したように
(浮刀術!?)
 その力を持つ能力者をスバルはもう一人知っている。魔界組みで数少ないレアスキルを持つとして、魔王親衛隊の一人となったヘレンである。その能力は、数少ない模擬戦で体験しているが、何故目の前の男がレアスキルである『浮刀術』を使うことができるのか。
 男は両手を広げると、精製された数え切れない程のナイフが一斉にスバルに向けて、ボウガンの矢の如く発射される。
「!!」
「ぼさっとしてンじゃねーよ!」
 スバルが片手を構えて防御魔法を発動させようとした時、飛翔する影が現れる。それに反応して発射されたナイフの十数本が、一斉に向きを替えてレキに襲い掛かる。
 しかし、レキはそのまま男に突撃する。ナイフは無情に、レキの体を切り裂いていく。それでも、無数に、永遠に精製されるナイフなどに構っていられるほど余裕はなかった。
 狙うのは一撃必殺。
 放つのは渾身の一撃。
「影──────」
 最も信頼する最強の技の名をレキは唱える。
 獣のように獰猛に笑い、それは繰り出される。
「────── 一閃!!」

 絶影から放たれた三日月の黒の斬撃は、男に直撃すると共に爆発と黒煙を起こした。飛翔していたナイフは、爆発と共に人形のように力を無くして地面に落下し、スバルを襲ったナイフは防御魔法が破壊される前に止まったため、スバル本人が切られることはなかった。
 黒煙がうっすらと晴れると、そこには腕から血を流して負傷している男が居た。彼の足元には数本のナイフによって作られた小さな盾が真っ二つになっていた。
「おやァ、もう終わりですかー?こんなんじャ勝負にならねーな!」
「……ククク、今のうち消しておこうと思っていたが、まさかお友達が居るとは」
 愉快そうに笑う男の引き裂かれた口が微かに見える。追い詰められているにも拘らず、戦いを心底楽しそうに笑っている。男は両手を勢いよく広げると、それを合図にしていたように下からガジェットドローンT型が二機上空に現れる。
「!?」
 男が後ろに後退すると、ガジェットはアームケーブルを一斉に射出し、二人に襲い掛かる。しかし、それらが二人を捉えることはない。レキは瞬時に背後に回り込み、横からの一閃でスクラップにすると、それに続いてスバルも正面から右手の拳を突き刺し、難なく撃破する。
 大したことなく、実に味気ない相手に頭の血管が切れそうになりながら、爆発の向こうに居る男に目を向ける。
 刹那。
男は凄まじい速さで、レキに突撃する。爆発の中から現れた男は、体ごとレキの体を覆いつくして隣のビルの壁に激突する。その様は、まさに弾丸。レキは反応する事しかできず、コンクリートの壁に叩き付けられた。
「がっ……、は……ッ!!」
 壁は体に合ったように凹み、体を動かすことができない。それを満足げに見た男は、次の標的をスバルに変えて捕捉すると、レキから離れビルよりさらに上空に上がると、右手を天に掲げて何処からか分解した物質の粒子を変換し、身の丈の三倍もある巨大な大剣を作り上げた。
「ちょっと……嘘でしょッ!?」
「うろおおああああああああああああああ!」
 男の咆哮と共に、左手に握られた大剣が振り下ろすように投げられた。大剣は大きさと速さからミサイルを連想させ、スバルに目がけて発射された。激突とともに轟!という衝撃と破壊音がビル周辺に響く。
 ビルの屋上は白煙に包まれる。上空からはどうなったか分からないが、直撃すれば無事では済まないだろう。人工筋肉でできた肉塊が転がっているに違いない。
「終わったか。まさかプロトゼロが居たとは。回収が優先だったが、仕方ない」

「誰を、回収するって?」

 “死の声”を耳にし、勝利を確信していた男の心臓が凍りつく。
 これから止めを刺そうとしていた相手の声が、背後に聞こえる。男は悪寒に震えながら振り向く。
 そこには、死神がマントを翼のように広げ、両手には漆黒の鋼鉄の拳。拳に付けられたシリンダーが轟音を鳴らす。そして密着するほどの至近距離で、ありったけの狂笑。
 
 瞬間。
 レキ・ゲルンガイツの右手の拳が、男の顔面へと突き刺さる。
 男の体は、破壊したビルの屋上に叩き付けられ、ボールのようにバウンドして転がると、フードで隠していた顔が露になっていた。
 その顔は、藍色のバイザーによってさらに隠されており、いまの一撃で全体にヒビが入っていた。男は息を荒くしながらも両手でバイザーの破損状態を確認すると、慌てて顔を隠してビルから飛び降りた。
 追うか迷ったが、スバルの安否が気になってビルに戻ることにした。
 屋上に降り立つと、突き刺さっていた5メートルも大剣は男が去ると同時に緑の粒子となって分解されていた。そして、その奥に
「レキさん!」
「……、無事か」
「はい。なんとか」
 直撃したと思い込んでいたが、かすり傷が見られるほど大した傷は見られない。奇跡的に直撃を免れ、その後の衝撃も何かしらで防いだのだろう。
 理由はどうであれ、大した怪我が無いことを確認すると、心の中でほっと胸を撫で下ろす。
「スバル。男の追跡は?」
「いまロングアーチがしていると思いますけど……」

 スバルがロングアーチに連絡を取ると、男がロストしたことを報告された。
 レキはため息を零し、お気に入りのタバコを咥えてミッドの摩天楼を見つめ、思い出したように呟く。
「……、ケルベロス。まさかな……」
 そして数分後、応援として呼んだ別部隊のヘリが遅れてやってきた。
 『戦場』には破壊され散乱した瓦礫と、店から臭う酒の香りが仄かに漂っていた。




あとがき

どうも、ご愛読ありがとう御座いました。レキです。
久々の戦闘だった気がします。どうだったかな?というより、やはり人の会話というのを書くというのは難しいですね。特に、日常のように普通の会話というのは。
あと、最後の〆をどう書くかというのもここ最近気になり始めました。これは数多く本を読まないといけないということですかね?
とにかく、お休みの時期がまだあるので、今月にはもう一本上げられたらいいなー(・∀・)
そして、夏コミに参加する方々、くれぐれも熱中症や脱水症状には気をつけて下さいね。飲み物は沢山持っていってください!
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