▼第十三章 
魔法少女リリカルなのはStrikerS Death Tear


第十三章「魔の世界」


機動六課の一室で、ギンガは王と対峙していた。
 異次元世界という、非現実からかけ離れた理解し難い存在。
 その異次元世界、魔界アルデバランの王がギンガの目の前で、こちらを見つめている。
 魔王アル=ヴァン・ガノン。
 “ここでは教導官”という立場で存在する彼は、ギンガが”この世界に入った”ことに歓迎するかのように笑みを見せる。
 そして、机をピアノに見立てて指を一本そっと叩く。
 すると、突如目の前の空間が、見たことの無い神秘的な空間へと変貌する。まるで、雑誌やテレビで見るような、広い空間で豪華な装飾によって彩られた貴族の部屋を思わせる。
 驚いて辺りを見渡していたギンガは、ふと我に返って目の前のアルに目を向ける。
(もしかして、これは幻術魔法?)
 そしてこの空間は、その魔法によって再現された彼が王として生活していた部屋とでも言うのだろうか。
「驚いたかな。我々魔族は、古来より幻術魔法を得意としてきてね。このように、他の魔導式ではできないような幻術を魅せることができる」
「魔族……」
「ギンガ。君は一体、魔界をどれほどまで知っている?それによっては、説明する手間が省ける」
「私はただ、死神という存在を知りたいだけです。あと、貴方がどうしてこの世界で教導官として居るのかを」
 ワタルが記した本を机に叩き付けるギンガに、アルは仕方なさそうに口を開く。
「分かっているさ。死神の話をする前に、まずは魔族の話をしないと分かる物も分からないぞ。君は魔族がどんなモノか、分かっているかい?」
「人間と、魔界に存在するという悪魔から生まれた。と」
 悪魔とはいえ、人間世界で存在する神話などで登場する悪魔とは、全く関係ない。
 悪魔は人間やそれと同じ姿をした魔族とは全く異なる姿をしており、主に動物に似たような姿をし、その姿から悪魔の中で上下関係が成り立っている。鳥型、獣型といった中で、人間型という悪魔が存在する。
 それは名前の通り人間と同じ姿をしており、悪魔の上下関係の中で頂点に一位置づけられている。
「それが分かっているならいい」
 アルは愉快そうに笑って、「死神も、魔族と同じなのさ。元は、人間と悪魔の間で生まれた存在だ」
「どういう、ことですか?」
 ギンガからこぼれた一言に、アルは補足するように話を続ける。
「いま言ったとおりだ。だが、君は魔族と死神という名前の違いから、いま言ったことが信じられないのだろう?簡単に言えば、突然変異さ」
「──突然変異と言っても、貴方とワタルさんやレキさんを見ても、何処が変異したのか……」
その言葉に、うんうん。と、分かっているように頷くアル。
「……心さ」
 心。
 聴き損ないそうな小さく囁くように話すその言葉にギンガは、え。と言葉をこぼす。
「精神?とも言うだろう。彼らは心に独自の闘争心を生み出し、戦うことによって生きること。生を感じることを始めた。自分と相手の生命を奪い合う戦いの中で、己の糧を生み出すことによって生の充実感を求めた」
「それが、死神……」
「そうだ。だが、彼らが変異したのは心だけではない。人間離れした驚異的な身体能力に、”シヴァー”と呼ばれる独自の力が存在する」
 そう話し。一呼吸ついて、デスクの引き出しからクリップで留められた数枚の報告書と思わせる資料と数枚の写真を取り出して、ギンガに向けてデスクの上に置いた。
「これは、先代の魔王たちが予め調査を行なっていたものを纏めたものだ。見てみるといい」
 言われる通りに、資料を手に取ってみる。まず目に留まるのが数枚の写真。写真をクリップから外し、一枚ずつ丁寧に見ていく。
 そこに写されていたのは、一人の女性がワタルやレキが愛用する半月鎌『絶影』を持ち、顔を歪ませて天に向けて咆哮しているものだった。辺りには、戦場を思わせる多くの”死体か分からない肉塊”が転がっていた。
 続いて次の写真を見ると、思わずギンガは片手で口を塞いでしまう。それに写されていたのは、右腕を何らかの原因により失ったワタルが笑っているものだった。
 右腕の断面からはダムのように血液が噴出しており、残った左腕で絶影を操り、目の前の敵にその刃を振りかざそうとしていた。
 さらに次の写真を見ると、ギンガは目を疑う。
 そこには、先ほど右腕を失っていたワタルの右腕が、何も無かったかのように元通りに繋がっていた。そして、前々の写真に写されていた女性と同じように、顔を歪ませて天に向けて咆哮する彼が写されていた。そんな彼の笑みはまさに、狂笑。ギンガが彼の愛車に乗った際にワタルが見せた、異常な笑みと全く同じものが写真に収められていた。
「そんな……!」
「驚いたか?これが死神の本来の姿さ。君が今まで共に戦ってきたワタルは、人間を演じていたに過ぎない。この世界では、死神としては生きていけないからな。それは我々魔族も同じだがな」
 彼が記した本の内容を読んだ、彼女の想像を遥かに凌駕がする真実が、そこにあった。
 あまりにも非現実。
受け止めたくない真実。
 写真に続いて、彼女に追い討ちをかけるように纏められた資料が真実を突きつける。
 記されていたのは、写真の写されていた余りにも非現実な死神の力の事についてのものだった。これらの力をシヴァーと名称され、その力についての研究が行なわれた。
 その結果、シヴァーは過度にそれを使用することで、稀にリンカーコアがオーバーロードを引き起こし、さらなる力を発揮することが判明した。しかし、その力はある生命体の能力と酷似していた。
「シヴァーが、悪魔の力と同じ。ということですか?」
 そう。シヴァーとは悪魔が使う独自の能力と同じものだった。
 悪魔は、魔法と共にシヴァーの”身体を再生する力”や”土を特定の物に構築する”といったような、まるで錬金術を連想させる力を所有する生命体。
 魔族の基となる存在。
 資料の続きに目を戻すと、リンカーコアをオーバーロードさせて力を発動する死神は、本来の驚異的な身体能力を失い、その能力値は人間と大差ないもので、研究者たちはこれらの結果からある仮説を立てた。
 死神とは突然変異により人間と悪魔の二つの人格を生み出し、悪魔の人格が生まれた事によりシヴァーを使うことが出来、その力が暴走することでその源でもある悪魔の人格が現れるのだ、と。
 この仮説は、真実なのかは分からない。それが分かるのは、死神にしか分からず、それを実証した者は存在しない。研究者の野心はとどまる事を知らず、王の命を受けて死神の研究を続けてきたが、彼らがその真実に辿り着く事は無かった。
 一通り目を通し終えたギンガを見、アルは一呼吸ついて。
「これらが、我々が現段階に分かっている死神の内容だ。彼らには、我々魔族が首都ゲヘナで暮らしていると同じように、死神にも里が存在して、そこに多くの死神が暮らしている事が確認されている」
 アルは嫌な事でも思い出したかのように、「先代の魔王は、死神の全容を知るためにその里の長、死神の長との接触を試みそれに成功しているが、実際のところ死神のさらなる情報は入手できなかった」
「魔王の力を持っても、出来なかったことだったのですか?」
「それは分からない。少なくとも、それにより魔族と死神との関係はより一層悪くなったのは確かだ。今では、一触即発の状態にまで陥っている。我々は、死神の驚異的な戦闘能力を恐れ、彼らとの戦いは何としてでも避けたいと思っている。一騎当千、その力が彼らにはある。本来なら、魔界に俺が居るべきなのだが……」
アルがミッドに居続ける理由。
 それについても、ギンガは自然と聞きたいと思い始めていた。
 しかし、あくまで彼女が知りたいのは死神の事についてで、彼の事ではない。それに、目の前に居る彼はこの世界では教導官として存在するが、今幻影魔法によって造られたこの空間内では、彼は魔界アルデバランの魔王として存在する。
 とてもじゃないが、ギンガ自ら聞けるような雰囲気ではなかった。
「という訳で、残念ながら俺から話せるのはこれぐらいだ」
 アルはそういい、軽く両手を叩くと幻影魔法は解かれ、ミッドの世界へ戻った。
「ありがとうございました。わざわざこんな資料まで」
「構わんよ。さらなる真相を知りたければ、死神本人に聞くのが一番いいだろう。だが」
 アルは笑顔で、そして鋭い刃物の瞳で、「──深入りには気をつけたほうがいい」
 その言葉に、資料で見たおぞましい写真で見たワタルの姿が脳裏に映し出される。
 人間と悪魔の人格。いつの日か、あの写真のように悪魔の人格に変わり、ギンガに牙を剥いてくるかもしれない。一騎当千とまで魔王に恐れられる死神。
 恐怖に駆られ、背筋に凍りつくような悪寒が走りながらも、コクりと彼の警告に頷いた。
 そして資料をアルに手渡しで返すと、頭を大きく下げて一礼して部屋を後にした。
 立ち去るギンガを見送ったアルは、一人になって静寂の世界に包まれると、大きくため息を吐く。
 机に置かれた写真立てに目を向け、それを手に取る。
 そこには、まだ少年の姿をしたアル=ヴァンと彼を囲むように同年代か、さらに小さい子供たちがカメラに向かって満面の笑みを見せていた。
 彼らのほとんどが戦争孤児や親から虐待を受け、親を持たない子達でアルによって保護された子達である。何よりもアルに懐き、そんなアルも彼らを大事にしていた分、こうして魔界に帰れない現実が、辛くして堪らない。
 そんな彼の気持ちを無視するように、部屋にノックが鳴り響く。
「入るよ?」
 と言いながらも、アルの返事を待つことなくヘレンが書類を持って扉を開けて入ってきた。思わずムっとしたアルは、
「ヘレン。入るよと言いながら入ってくる奴が居るか?」
「いいじゃん。別にアルはそんなに気にしてないんでしょ?」
「っ……、まあ、そう言われればそうだけど、一応マナーというものが──」
「──はいこれ。前言ってたレイヴンについて纏めたもの」
あまりのヘレンのマイペースさに、ガタッと、アルの頭が机に強打させる。
ヘレンはそんな事を気にする事なく、手に持っていた資料を頭の傍に置いて首を傾げる。
「どうしたの。急に頭なんか打って?」
「いや……もう、いいです。気にしないでくれ……」
 アルは頭を机から上げると、ため息をついて置かれた資料に手を伸ばして目を通し始めた。それに続くように、ヘレンが資料の補足するために口を開く。
「やっぱり死神レイヴンは、ミッドに来てるみたいだよ。どうして、今まで管理外世界で活動していたのに、こんな管理局の本拠地といってもいいミッドに来たんだろう?」
「さぁな。明確な理由は予想できないが、少なからず息子達のことが関係しているに間違いないだろう」
「でも、どうして今の時期になって来たのかな?息子が心配なら、事件当初にやってきてもおかしくないと思うけど。なんせ、彼は死神の中では長の次の権力者でしょ。いくら魔界から離れた世界に居たからって、世界には沢山の死神が居るわけだから、息子の身に危険があればすぐにでも駆けつけるのが普通じゃない?」
 ヘレンの質問に続くように、
「そうなんだ。仮にその死神ネットワークが機能していなかったとしても、兄のワタルが父親であるレイヴンに連絡を取るのが必然的だ。これに書いてあるように、彼が活動していた世界は『ブルタール』。宗教による民族紛争が絶えない世界でも有名な場所だ。過去に様々な世界を旅してきたワタルなら、レイヴンが居る世界なんか予想できたと思うが……」
 時空管理局管理外世界『ブルタール』。このような世界が時空管理局に管理されないのは、多くの理由が存在する。主な理由としては、宗教の改宗や人種差別などで紛争の事態は泥沼の状態に陥り、管理局さえも手が出せないだと言われている。
 そしてアルは、考え込むように椅子の背もたれに身を置いて、天井を向いて目を閉じる。
 仮に連絡が取れたと考えて、何故レイヴンは事件当初にミッドを訪れなかったのか。そして、その理由は一体何なのか。
 さらに腕を組んで考えようとするが、
「そう言えば、ここに来る前にギンガが来ていたみたいだけど、どうかしたの?何か深刻そうな顔をしていたけど」
「ああ、ただ俺らの正体を知って、死神のことを問い詰められたよ」
 ヘレンは驚いて、心配した顔でアルの耳元に寄る。
「まさか、どこかで情報が漏れたの……?」
 それを聞いて、苦笑しながら手を振って、
「いやいやー。情報源はワタルからだから、情報漏れは考える必要はないぞ」
「なーんだ、良かった。でも、ギンガの事だから心配する必要はないと思うけど、何か言ってなかった?」
「うーん?別に、死神について教えてくれー!という事で、別にそれらを知ったからって彼女は変わらんよ」
「そう」
「……というか、話が脱線してたな」
「……、あーっと言っても、話すことないと思うけど?今は死神たちを泳がせるしかないよ」
「そうだな。レキも非公式だけど、六課の一員になって協力することになったし、俺達は俺達のやるべきことをするか」
 そんなこんなで、アルの正体を知る者が増えようとも、彼ら魔族の日常は変わらず過ぎていく。


あとがき

どうも、ご愛読ありがとう御座いました。レキです。
思い切り説明回になった話になりました。
でも、こういう話はいずれ必ず書かなきゃならないなー。と思っていたのですが、まさか説明だけで終わるとは自分でも驚きです。
いやーもっと書きたかったんですけど、時間がですね……
まあ、一ヶ月以上ぶりに更新したSSがこれだとあまりにも残念なので、次回は内容のある話にできたら言いと思います。
引越しも、ここ最近になってようやく落ち着き始めたので、頑張れそうです!

これからも、マイペースな更新速度ですがよろしくお願いします。OTZ
スポンサード リンク