▼第十二章 
魔法少女リリカルなのはStrikerS Death Tear


第十二章「喜怒哀楽」


 レキに一撃を与えた介入者は、ウイングロードの発動を解除し、地上でレキの衝突によって起きた砂煙を睨んでいる。
 その者は紫の髪にポニーテール、それを束ねる水色のリボンが靡く。拳に装着されたアームドデバイスは、設けられたシリンダーを回転されていて、腕を下に垂らしているが臨戦状態を保っている。
 竹とんぼとなったレキは、全身を強打しながらも悲鳴をあげる身体を無理やり動かす。
 瓦礫に衝突したというのもあり、足場が悪く抜け出すのにも一苦労。
 それでも、ゆっくりと砂煙に包まれながら立ち上がり、砂塵の先に佇む敵を凝視する。
 砂塵は少しずつ、他方向から来た風により流されていき、お互いを遮断していた壁がなくなる。
 そこでレキは、改めて目の前の光景に唖然とする。
 先ほどまで戦っていた戦闘機人と同じ格好。
 見慣れたリボルバーナックルと凛々しい顔。

 クイント・ナカジマが、目の前に立っていた。

 あの一撃を貰う前に見合った瞬間、あまりにも非現実に見えてしまったが、いまは分かる。
 目の前の彼女は瞳の色が違うけれど、紛れもなく自分が知っているクイント・ナカジマだと。
「…………………………………………………………………………………………」
 しかし、互いは口を開かない。
 愛しの人の生存を知り、歓喜に酔いしれたいところだが、それはできない。
 レキが知るクイントだとしても、この現在の戦況の中で二人の関係は敵対関係にある。
 その原因として洗脳や記憶改ざんによるものならば、ある程度納得がいく。
 過去にレキが多数の次元世界を転々としていた時代には、そういった事を少なからず経験している。
そして、同じ理由でレキの目の前に立ち塞がっているのなら、彼がやるべきことは一つだ。
 両手で絶影をそっと構える。
 それを確認するとクイントの顔が強張り、反応するように彼女も拳を構える。
『トーレ。あなたは二人を連れてルーテシアお嬢様と合流して』
『構わないが、お前はどうする?』
 トーレの念話での問いに、愚問を聞いたような笑みを見せ
『……すぐに終わらせるわ』
 それを聞いてトーレは、二人を先導するように飛翔してその場を後にする。
 続いてディエチを抱えて飛翔するクワットロが口を開く。
「よろしかったのですか?トーレ姉様」
「何がだ?」
「あのような死に損ないに、仲間だったあの女を使わせるなんて。私たちが掛かれば──!」
 悔しさが混じった顔を見せるクワットロ。
 しかし、トーレは素直に口を開き、
「現に、手こずっていた。だからこそ、奴に任せた」
「仲間であったならば、戦い方も奴がよく知っているということだ。ドクターも、そこまで奴を改造したりしないだろう」


 三体の戦闘機人を目で見送ると、レキは再びクイントと目を合わせる。
 戦況は一対一。
 邪魔をする者は、どこにも居ない。
 それを確認したレキは安堵の笑みを見せて口を開く。
「クイントさん。生きていて、本当に、良かった……」
「良かった……?」
 その言葉に、レキの身体が凍りつく。
 怒りが混じった言葉に、クイントは顔を歪ませる。
 それと共に、彼女の足元に魔法陣が展開されて、足に装備しているローラー型簡易デバイスが轟音を鳴り響かせて稼動する。
「良かった、ですって?……笑わせないで!私たちを見捨てた貴方が!!」
「!!」
(なにを、言っているんだ……?)
 レキは彼女の言葉に、耳を疑った。
 あの時の記憶が、再び蘇る。仲間たちを死んだ、あの事件が。
 違う。俺は、見捨ててなんかしていない!そんなことをする訳がない!
 そう。そう自分に言い聞かせながらレキは吼える。
「何を言っているんですかクイントさん!俺がそんな事をするわけがないでしょう!?」
「はああああああああああああああああ!」
 クイントは彼の言葉など聞く耳を持たず、ローラーを発進させる。
 1秒もしない内に、あっという間にレキとの距離を詰める。
 零距離というほど間近まで接近すると、シリンダーを回転させながら鉄拳を振りかぶる。
 反応を遅れたレキは、絶影の柄を横に構えることしかできず、クイントの鉄拳が絶影に突き刺さる。
 ギン、という鈍い金属音が鳴り、絶影と共にレキは再び瓦礫に吹き飛ばされた。
 瓦礫に埋もれながらも、レキは言う。
「クイントさん……。あなたは、記憶を……操作され、て……」
「ふざけないで!貴方の言葉なんて信じない!」
 話し合いで解決できる事は限りなく少ない。ましてや、その相手が何者かに操られ記憶を弄くられているのなら絶望的だ。
「この……──」
 クイントは犬歯を抜き出して怒りを露にしながら、辛く、悲しそうに、
「──裏切り者!」
 複雑な表情で叫ぶクイントの言葉は、今まで生き抜いてきたレキに突き刺されるものだった。
 しかし、それによってピン、とレキの中で何かが切れた。
 そして、突然とレキの中心に置かれていた瓦礫が爆発する。瓦礫たちは四方八方へと吹き飛ばされる。
 その中心に、怒りに顔を歪ませるレキが犬歯を剥き出しにして彼女を睨んでいた。
「くそったれがあっ!!」
 突然の咆哮に、クイントが小さく悲鳴を漏らす。
 怒りの沸点が頂点まで達した男は、絶影を地面に擦られながら一歩ずつ彼女に近寄っていく。
「ふざけんなって言いてーのはこっちだ!!てめェがどう頭を弄られたか知らねェがこっちは、あの頃から必死になってあの事件について調べてたんだよ!この馬鹿野郎がァ!!」
「………、な、なに?」
「つーかよォ……何で俺の敵の味方をしてんだよ!?あんたは俺の仲間だろ!普通、戦闘機人の味方をするっておかしいに決まってんだろ!?」
理解できない事をマシンガンのように言葉の弾を乱射するレキに、クイントは戸惑いを覚える。
 あまりにも相手の怒り加減に、後ずさり。
 まるで自分が常識から取り残されているような恐怖。
 そんな中、レキは向かう。
 目の前の敵を倒すためではなく、愛しき人を助けるために。
 怒りの激情に死神と化したレキは、絶影を簡易的な手甲に再構成されて両手に装備する。
 化け物と姿を変えた男に、クイントを恐怖して身体が凍り付いている。
 助ける相手が敵側にいるというのなら、こっちへ引き戻してやればいい。ただそれだけのお話。
「どうしても分からねーって言うなら──」
 レキは地面を蹴り飛ばして全力疾走し、クイントに詰め寄ると、ありったけの力で握られた拳を振りかぶる。

「────そのイカレタ頭を叩きなおしてやる!!」

 そして、レキは拳を振り下ろす。拳は、クイントの顔面に突き刺さり、竹とんぼのように殴られた方向に沿って回転し、地面に叩きつけられた。
 
 怒りを開放しきると、荒い息を漏らしながら鉄拳制裁した彼女の様子をその場から伺う。
 伺いながら、先ほどの暴力的な発言を思い出し、何という事を言ってしまったんだ!と、苦そうに顔を歪ませた。
 そんなクイントは仰向けで倒れており、ゆっくりと立ち上がる。
 また構えてこちらとやり合うつもりかと思ったが、クイントは何もためらいもなく、レキに背を向けると魔法陣が輝いてウイングロードが現れる。
「く、クイントさん!」
 彼女は一度レキを目で追うが、怒りが混じった顔を見せると、ウイングロードに乗ってその場から去っていってしまった。
 追い掛けようとしたが、ウイングロードは彼女が走った後に、星屑のように輝きながら消えていた。
「何をやっているんだ……俺はっ!」

「──逃がしてしまったようだな」

悔しさに浸る彼の後ろから、途中で置いて行ってしまったワタルが歩み寄る。
「見ていたのか?」
「まぁな。だが、あそこで追うのは得策じゃないぞ。追いかけた先には、戦闘機人が居るからな」
「そんなの俺──」
 一人でやれる。と言い掛けて、ワタルがそれを遮る。
「──そんなボロボロな状態で、か?」
 えっ、と言葉を零して自分の身体をあちこち見回すと、バリアジャケットのあらゆる所が引き裂かれ、『煉獄の檻籠』を制御しきれなかったのか、焦げ目も見て取れる。
 そして何より、瓦礫に二回も吹き飛ばされたおかげで、頭からダムが決壊したように血が溢れ出ていた。頭にそっと手を添えて見てみると、掌は真っ赤に染まっていた。
 レキも、これには驚いたのかワタルの顔を見直す。
 ワタルはため息をすると、
「とりあえず、あちこちやられてるんだからマリエルさんに見て貰え。と、思ったが彼女今本局にいるのか……」
 じゃあどうするんだよ。と、レキは言いたそうな呆れた顔でワタルを睨む。
 その視線に、ワタルは赤いサングラス掛けなおしながら言う。
「そんな時の為に、あの人に診てもらうじゃないか。”海ならマリエル技官”、”陸ならシャリオ一等陸士”ってな」
「シャリオ一等陸士って……、まさかっ?」
 その問いに、ニヤリと嘲笑うかのように笑みを見せ、
「そう。機動六課へ行こうじゃないの」
 そう言うと、レキの肩を組んで機動六課へ連行した。



 機動六課の医務室で、レキはベッドに寝かされていた。
 頭には包帯がグルグルに巻かれ、頭を数針縫う程度で済んだ。しかし、”搬送”途中でも出血が続いていて、今でも顔が青ざめて視界がぼやけている。
「シャリオさん。任務が終わったばかりというのに、診て貰ってありがとうございます」
「いえ。レキさんに関しては、マリエル技官と掛け持ちで、以前から診させて貰っていましたし、今回の戦闘でレキさんとワタルさんが作戦に参加して下さっていたのは、アルさんから聞いていましたから大丈夫ですよ」
「何だお前、前から世話になっていたのか?」
レキは吐き捨てるように、
「まぁな」
 聞かれなかったから言わなかったけど。と、『どうしてそれを言わなかった』に似た言葉を言われる事を予想してか、不機嫌そうに付け加える。
「でも、大事に至らなくて良かったです。レキさんのことですから、少しの間寝ていれば良くなるでしょう」
 クスっ。と、レキは自分を嘲笑うかのように、
「なんせ、死神だからな」
「レキ。お前、これからどうするんだ?お前の頭を縫って貰っている間に、マリエル技官から連絡があってだな。直接戦ったお前に言うまでもないが、彼女たちを戦闘機人だと断定したようだ」
「………、」
「そして、レリック事件との関連性も含めて機動六課も、これからは戦闘機人に対して本格的に動き出すだろうさ。八神はやて二佐も、お前を欲している」
 レキはため息を吐いて。
「ようは、機動六課の一員となって戦闘機人を追え。と?」
「ああレキ。一員と言っても、一応お前はこの世では死人扱いだ。俺達死神が得意とする”裏側”で動いてもらう」
「今まで通りでやれという事か?」
 その問いにコクリと頷くワタルに、レキはさらなるため息を吐く。
 今まで何度も管理局の協力を拒否し、挙句の果てに八神はやての協力を不本意ながら同意している。
 そして結局、機動六課の元で動く事になる。
 まるであの狸に上手いこと利用されている気がして、虫唾が走る。
「気にいらねェな……」
 しかし、レキ自身もそれより真実に近づくことが出来る。
 今までも同じようなジレンマに襲われてきたが、それによって、確実に真実は近寄りつつある。
 現に、戦闘機人との遭遇や、ゼスト・グランガイツとクイント・ナカジマとの再会を果たしている。
 (………、これで良いのか?)
 明確な答えは出ない。
 一寸先は闇で、どう進めばこうなる。と言った未来が全く予想できない。
 全ては曖昧で、何が正しくて悪いのか、それはその先を進まなければ分からない。
「アニキは、俺が機動六課の下に動く事を正しいと思うのか?」
 こういう時こそ、弟というのは兄に頼りたくなる。
「ふうん。お前が管理局や王様の下に就くのが不服というのは分かる。だがな、こうして時の歯車は動き出した。あの事件で止まっていた時間がな。俺は、機動六課の下に就くのに賛成だ」
 糸が切れたように、レキの表情が切れる。
 どこか期待していたのかもしれない。反対してくれると。
 だが、よく考えれば有り得ない事だ。兄は弟である自分に、最善の道を考えてくれる。
 今までも。そして、これからも。きっと……
「……分かったよ、兄貴。全く、今回も不本意だが、協力するしかねェようだな!!」
 その言葉に、看病していた二人に笑みが零れる。
 そして、不本意と言いながらも彼のからも笑みが零れていた。
 その理由は、明確な道をしっかりと歩むことが出来るから。
 事件の真相。クイントの救出。
 この二つの確かな目的を持ち、レキは新たな一歩を歩みだす。



 それから小一時間程仮眠をとって医務室を後にすると、出ていく際にシャリオから部隊長に挨拶するよう薦められ、あの狸をまた見ることを考えると反吐が出そうになったが、最低限の礼儀としてこうして部隊長室の前に立っている。
 それまでの途中レキは、とある男女を見て驚いた。
 まだ、10歳程の子供が綺麗に制服を着こなし、楽しそうに話し合っていたのだ。
 時空管理局には、魔力素質があれば子供でも所属している者も居るが、まさか機動六課にもこのような子供が所属しているとは予想もしていなかった。
 赤髪の男の子の頬には、傷からの出血を防ぐガーゼが張られていて、前線で戦っていたことが予想できる。
(こんな子供が、前線に出るなんて……)
 ゾワリ、と嫌な冷や汗を掻くと、子供の事を振り払う。
 そんな事は過去では日常茶飯事だったじゃないか。そう、自分に言い聞かせて、無かったことにしようとする。
 深呼吸をし、呼吸を整える。
「八神部隊長。よろしいでしょうか」
 すると、すぐに『どうぞー』という声が扉の奥から帰ってきた。
 扉が開き、部屋に踏み入るとそれは、ゴク普通で見慣れた部隊長室が視界に広がる。
 しいて気になる点と言えば、子供でも使いこなせそうにないミニチュワサイズの机と椅子が設けられている。
 部隊長の前に立つと、はやてが口を開く。
「襲撃犯を追跡してくれたみたいやな、ありがとう御座います」
 レキはどこか違和感を覚えながら、
「いえ。こっちにも追う目的がありましたから」
 そう言いながら、レキはバーでの出来事を振り返る。
 名前を知らないが、管理局地上本部の幹部を名乗る男を。確かに、今回の事を照らし合わせれば、彼がそれなりの立場であるというのが納得できる。さもなければ、あれ程の的確な情報は持ち合わせていないだろう。
 確かに、彼が話していた場所に生体ポッドは存在していて、それにレリックを持った少女が保護された場所も確かだった。
 いずれ、あの男についても調べないといけない。
「でも、まさか本当に共に戦ってくれるとは思いもしていませんでした」
「これが、最善の道だと判断したまでです」
「そうか。これからより一層大変になると思う。よろしくな、レキ捜査官」
「こちらこそ、よろしくお願いします。八神部隊長」
 今日、レキは再び死神を止め、人間として生きていく事を誓った。
 死神レキではなく、レキ・ゲルンガイツとして。



 その頃、とある人物の仕事部屋の前で一人の女性が佇んでいた。
 その女性はある覚悟を持って、ここに立っている。
 扉の向こうには、異界の王。魔王アル=ヴァン・ガノンが居る。
 彼の真の姿を知る者は限りなく少なく、それを知ったギンガもワタルとの出会いが無ければその真実に辿り着けなかっただろう。
 だからこそ、それを知った彼女は彼に聞かなければならない。知らなければならない。
魔族、死神、魔界の全てを。
ギンガはワタルの全てが記されている”あの本”を持ち、ゆっくりと口を開く。
「アル=ヴァン教導官、いらっしゃいますか?」
「………、ああ。入りたまえ」
 彼女が知るアル=ヴァン教導官の声とは少し違う、トーンが下がった低い声。
 まるで、ここに来る事が予め分かっていたかのような、悠々とした声。
 生唾を飲み、失礼します。と扉を開けて中に入る。
 そこには、どこの部隊にもありそうな個室の仕事部屋。陸士108部隊にもこのような部屋は存在する。
 しかし、ギンガは改めて辺りを見渡す。どこか違和感を覚える雰囲気。まるでこの空間だけ魔界の何処かだと錯覚する異様な雰囲気。
 その原因は、彼女の目の前で”座っていた”。


不適な笑みをした、魔王アル=ヴァン・ガノンが。



あとがき

ご愛読ありがとう御座います。
いやーようやく、書き終えることが出来ました。
如何でしたでしょうか。戦闘機人クイント・ナカジマは。
いやー実際、今回一番大変だったのは。レキ対クイントの場面です。
今後の展開にも大きく関わる大事なところだったので、色々と迷いに迷ってこんな感じになっちゃいましたw
これでよかったのかな?と思いますけど、でもこれを信じて頑張って話を進めていきたいと思います。
でも、久しぶりにSSを書くというのは大変ですね。
書き方というのも根本的から抜けてしまっていたりと、ちょっと苦労したところもありましたけど、何とか自分なりに戻せました。

あと、八神はやてとレキとの会話ですけど、実はStrikerSアル=ヴァン編第十章後編の最後に同じ場面を書いているんですけど、今回の場面が新約というか書き直したものです。
でも、何で当時あのシーンを書いたのか思い出せないんですよね……
まあ、それは良しとして次回も、どうかよろしくお願いします!
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